お山の妄想のお話しです。





店の扉が開く音、目の前の潤が笑顔で『いら

っしゃい』と声をかける。

隣の翔くんも後ろを振り返り『遅かったな』

と親しげに言っている。


今店の扉を開けたのは間違いなく雅紀さんの

ようだ。

さっきは大丈夫だと思ったのに、いざとなる

と駄目な俺……

緊張して雅紀さんの方を向けない。


その間にも足音が近付いて来て、とうとう俺

の後ろで止まった。


「はじめまして」


雅紀さんから挨拶を受けた、ここで振り向か

なければ失礼にあたる。

俺は覚悟を決めてカウンターチェアから降り

雅紀さんと向き合った。


「…はじめまして」


言いながら初めて雅紀さんの顔を見た。

雅紀さんも俺を見ている。


……あれ?この人


「  あっ!」

「 ええっ!」


二人同時に驚きの声が出た。


「相葉ちゃん!」

「大ちゃん!!」


目の前にいたのは、あの海で出会った相葉ち

ゃんだった。


「大ちゃん久しぶり!こんな所でまた会える

なんて思ってもみなかったよ!今日はどうし

たの?海の仕事はお休み?こっちに遊びに来

たの?」


笑顔の相葉ちゃんに両手を握られブンブン振

られる、思わぬ再開に俺も笑顔になった。


「俺ね、こっちに帰ってきたの。漁師はもう

おしまいにしたんだ」

「そうなんだ~可愛い漁師さんは廃業かあ」

「なにそれ、それより友達はどう?元気にな

った?」

「そうそう、その友達がね、この翔ちゃんな

んだけど…」


相葉ちゃんが翔くんを見たので俺も見ると、

翔くんは俺達を見ながらポカンとしていた。

え?どうした?

周りを見ると、かずも潤も翔くん同様呆気に

取られている。


「…あんたら、知り合い?」


いち早く正気に戻ったかずが胡乱な視線を向

けてきた。


「うん、海で会った」

「ニノに写真を見せたでしょ、あの海で…」


そこで思い出した、俺は雅紀さんに挨拶をす

るために振り向いたんだと。

相葉ちゃんも俺と同じように思ったらしい。

笑みは引っ込み、お互い神妙な顔になる。


「もしかして、相葉ちゃんって雅紀さん?」

「……大ちゃんは智さん…なの?」


俺が頷くと相葉ちゃんも頷く

どうやら俺達はお互いの正体を知らずに、既

に対面していたようだ。



「どう言うこと!!」



その事実に一番驚いていたのは翔くんだった。







驚いた、まさか二人が知り合っていたなんて

思いもよらなかった。


でも雅紀の撮った写真に智君が写っていた時

点で、二人の接触は考えられたはずだ。

あの時ひっかかった、雅紀の『可愛い漁師さん』という言葉は智君を指していたんだな…


しかも、雅紀は智君に俺の事を相談までして

いたなんて。

昔から雅紀は色々とミラクルを起こす奴だっ

たが、今回ほどその奇跡に感謝したことはな

い。



その二人はテーブル席に仲良く並んで座り、

雅紀の持っていたデジカメの映像を見ながら

盛り上がっている。

心に少しだけあった、二人の対面への怖気は

杞憂に終わったようだ。


カウンターに肩肘をつきテーブル席を眺めて

いると、智君が『本当?』と言いながら俺を

見た。

何だか驚いているようだけれど、俺に関係が

あるのかな?


「なに?」


訊いてみると、智君はデジカメを持って近付

いてきた。


「翔くんこの写真なんだけど、何で相葉ちゃ

んから貰ったの?」


見せられたのはあの黄昏の海の映像。


「だってあなたが写っていたから」


その箇所を指差すと智君は驚いた。


「これが俺だってわかったの?こんなに小さ

くてしかも腕だけなのに?」

「うん、絶対に智君だと思った。だから雅紀

に譲ってもらったんだ」


智君と写真について話していると、何事かと

二宮と潤もデジカメを覗き込んできた。


「この写真のどこに智が写ってるの?」


潤にはわからないようだ、二宮の方はじっと

画面を見つめ『もしかして、これ?』と端に

写る小さな黒い影を指先でチョンとつついた。


「そう、これは俺のここのあたり」


智君が自分の肩から肘辺りを触りながら説明

すると、二人は画面を凝視した。


「言われればそう見えるけど…普通ならこれが智だとはわからないよな…」

「そうですね、顔とか全身のシルエットなら

わかるかもしれませんが」

「凄いよね、翔くんって!」


嬉しそうにする智君。

凄くはないよ、だって俺があなたを見間違え

るはずがないんだから。


同じ写真を見て気付かなかった二宮に優越感

が湧きドヤ顔をすると、不機嫌全開な目で睨

まれた。


「これでわかるなんて、マニアック過ぎてあ

る意味怖いな」

「そんな事ないよ、これはきっと愛のなせる

わざなんだ」


憎々しげに言う二宮と、感動しきりな潤

智君は『どっちだろう?』なんて首を傾げて

いる。

それは、愛だよ……  智君……

そう言いたかったけれど、二宮の反応が恐ろ

しかったので黙っていた。



騒がしくなったカウンター、しかしこんな時

一番はしゃぐ奴の姿が無い。

振り返るとテーブル席に残って俯く雅紀の姿

が見える。


「おい?」


声をかけると雅紀はのろのろと顔を上げた。


「 えっ!」


その顔を見て驚愕の声が出た、なぜなら雅紀

の瞳からは大粒の涙が止めどなく流れていた

から。


「どうしたんだ?!雅紀!」


その涙に慌てて、大声を上げると周りの皆も

何事かと雅紀を見た。


「相葉ちゃん!どうした?!」


心配した智君が駆け寄ると

雅紀は涙を拭うこともせず、ガバリと俺の智

君に抱きついた。


「雅紀!智君に抱きつくな!」


走り寄り二人を引き離すと、今度は俺に雅紀

が縋りついてくる。


「うわ~ん!翔ちゃぁぁん!」

「うわっ!止めろ雅紀っ!どうしたんだよ!」

「それだよ!雅紀だよ!!」

「はあ?!」

「お、おれ、おれの名前ぇぇぇ」


号泣する雅紀、名前?


「名前って、雅紀だろ……あっ!」


俺は今『雅紀』と呼べた

今まで言おうとして息苦しくなったり声が出

なかったりしたのに、今は何の抵抗もなく名

を呼ぶ事が出来た。


どうして…

智君と雅紀、自然と二人の姿が目に入った。

泣き止まない雅紀の背を優しく撫でる智君…

撫でられ、安心した表情の雅紀…


ああ、きっと二人が仲良くしているからか。

それで俺の心に有った罪悪感や柵がなくなっ

たんだ。


「ごめんな、雅紀。迷惑ばかりかけて」

「ううん、いいんだよ。翔ちゃんが元気にな

って、俺の名前を呼べるようになって凄く嬉

しいんだ」

「うん、お前のおかげだよ」


落ち込み、挫け、自暴自棄な俺を助けてくれ

たのも、あの写真を撮ったのもみんな雅紀。

そう、智君に再会出来たのは全て雅紀のおか

げなんだ。


「ありがとう雅紀。感謝してもしきれない、

お前は俺の恩人だ」

「やめてよ翔ちゃん、おれ達親友だろ。親友

が困ってたら助けるのが当然なんだからさ!」

「そうだな、俺達は最高の友達だ、これから

もよろしく頼む」

「うん、よろしくね!」


涙を流しながらも嬉しそうに笑う雅紀の前に、

二宮がズイッとティッシュの箱を差し出した。


「いいかげんに涙を拭きなさいよ、大の大人

がみっともない」

「これは嬉し涙だから、いいんだよ~」

「いや、良くない。顔が汚いし」


言葉は辛辣だが二宮の瞳は優しい。

そんな二宮に智君が確信したように言う。


「ふふ、かずは相葉ちゃんが好きなんだね」

「ふえ?大ちゃんそれ本当?!」

「智!バカ言ってんじゃないよ!どうして俺

がこんな奴を…」

「かず~照れんなよ~」

「そうだよ、おれは大歓迎だよ~」

「こんな泣き虫願い下げだね、お前ら調子に

乗んなよ!」


智君の言葉を否定しながらも、二宮の耳は少

し色づいている。


これは……

俺の親友も宝物を手に入れたのかな?