お山の妄想のお話しです。
翔
智君が俺の元へと戻って来てくれてから数日
後、いよいよ潤の店に行く事になった。
あろうことか智君は潤や二宮にまだ何の連絡
もしていないという、すなわちまだ二人は智
君が行方知らずだと思っているのだ。
俺は何回も戻った事を連絡した方がいいと智
君に言ったが、その度に「サプライズだから」
なんてフニャフニャ笑っていた。
『本当にいいの?どうなっても知らないよ?』
と少し脅してみたけれど、『大丈夫だよ』な
んて高を括っている…
智君が行方不明時の二人、特に二宮の焦燥を
知らないから笑っていられるのだろう。
…きっとそんな笑顔で会いに行けば、二宮は
怒髪天を衝く程の怒りを露にするだろうな。
いろいろと黙っていた俺にもその矛先は向く
だろう、今から覚悟しなければ。
退勤後、駅で 待ち合わせて店へと向かう。
二宮には雅紀から店に来るように連絡を入れ
て貰ってある、勿論智君の事は内緒でだ。
何が起きても対処出来るように開店直後に時
間を決めた。
この時間ならまだ他に客は居ないだろうから。
店の重厚な扉の前に二人で立つ。
「智君いい?開けるよ?」
「 うん 」
俺はこの後起こり得る事態に緊張しているの
に、智君はふわふわと笑っている。
ああ、二宮が恐ろしい…
でもやっと戻った愛しい人は必ず俺が守ると
心に決め、ドアノブを引いた。
薄暗い店内、カウンターに二人の姿があった。
潤は手元で何か作業をしていて、二宮はスマ
ホでゲームでもしているようだ。
「こんばんは」
声を掛けると潤が顔を上げた、そして何時も
の笑顔で『いらっしゃい』と言おうとした時
俺の後ろに隠れていた智君がひょっこりと顔
を出した。
潤の笑顔が驚愕に変わり、動きが止まる。
「潤君どうかしたの?」
ただならぬ様子に気付いた二宮が訝しげに潤
を見て、その潤が凝視している此方へと視線
を向けた。
そして潤同様の表情になった。
「かず、潤、ただいま~」
のほほんと智君が言うと、みるみる二宮の顔
が般若のように変わっていく。
「………さとし、てめえ…」
ガタリと椅子から立ち上がると、ツカツカと
俺達に近付いてくる。
憤怒の表情、拳は固く握られている
このままだときっと智君は殴られてしまう。
庇おうと智君の前に出ようとしたが、それよ
り先に智君も二宮に向かって歩き出してしま
った。
どんどん近付く二人、俺は何も出来ずただ固
唾を飲んで見守るしかない。
とうとう二人は近距離で向き合った
二宮の眼光は鋭く、智君はそれを平然と受け
止めている。
二宮の腕が徐々に上がっていく、殴る気か?
智君は避けようともせず動かないままだ。
これは本当にヤバイ、智君を殴らせるわけに
はいかない!
二宮を止めるべく動こうとした、でも。
「……このばか野郎…」
固く握られていた二宮の手は開かれ、そっと
智君の頬に触れていた。
「お前、俺達がどれだけ心配したと思ってん
だよ…」
「連絡しないでごめんな」
そう言いながら智君は二宮を抱き締めた。
二宮の腕も智君の背に回り二人はガッチリと
抱き合った。
……予想していた展開とまるで違う
俺が呆然と抱き合う二人を見ている間に、カ
ウンターから出てきた潤が大きく腕を広げ智
君達を包み込んだ。
「智……おかえり」
「うん、潤にも心配かけたな…」
「凄く心配した、悪いと思ってる?」
「思ってる。ごめんな」
「じゃあ、もうこんな事は無しにしてくれよ」
「もうないよ」
二宮と潤に抱き締められながら、智君はチラ
リと俺を見て答えていた。
その目は『もうないよね、翔くん』と言って
いるようで、俺は智君に向かい『絶対無いよ』と大きく頷いた。
それから暫く三人は抱き合い続け、
俺は二宮と潤に嫉妬し続けた。
我ながら狭量だ。
智
店につき、今までの事をかずと潤に許しても
らった。
おいらのとった行動で二人には多大な迷惑と
心配をかけていた、本当に申し訳なく思う。
おいらはちょこっとかずに説教をされ、今回
のお詫びに二人に食事を奢る事になった。
翔くんは『支払いは俺がするから』と一緒に
行きたいみたいだったけど、かずに『あんた
は遠慮してくれ』と言われ諦めたようだ。
『俺だけ仲間外れか』なんて唇を尖らせて拗
ねる翔くん。
可愛いななんて見ていたら、どこからか着信
音が聞こえてきた。
俺じゃない、誰のだ?
「あ~!うるさい!」
どうやらかずのスマホらしい。
「はい、あんた何で俺にかけてくるの?!
あんたの友達にかけろよ!はあ?はいはい
わかりましたよ!」
かずは不機嫌そうに電話を切ると翔くんに向
かって言った。
「今駅の改札を抜けた所で、あと数分でここ
に着くそうです」
「今のあいつから?何故俺に掛けてこないん
だろう?」
「そんなの俺は知らないし」
かずの電話の相手って?
もしかして雅紀さんかな?でもなんで翔くん
じゃなくてかずなの?
不思議に思っていると、潤が『二人は仲良く
なったんだ』と教えてくれた。
『潤も?』と訊くと『まあね』と返ってきた。
二人と仲良くなった雅紀さん…
俺とも友達になってくれるかな…
でも俺は彼の親友の翔くんを傷つけたから、
嫌われてるかもしれない。
仲良くなんて、無理かも…
きっと俺と雅紀さんがギクシャクしてたら、
翔くんは心を痛めるだろう。
また自分を責めてしまうかも、そんなのは嫌
だな
雅紀さんと会うのが少し不安になってきた。
俯きグラスを弄っていると、翔くんの大きな
手が俺の手に重ねられてキュッと握られる。
顔を上げると翔くんが優しい瞳で俺を見てい
た。
「どうしたの?」
「俺は雅紀さんに許してもらえるかな…」
「許す?何を?あなたは何も悪くないじゃな
い」
「でも、翔くんの親友だろ?翔くんを傷つけ
た俺を嫌ってるんじゃないの?」
「そんなことないよ、あいつはあなたに会う
のを楽しみにしてたし、俺の事を頼むんだな
んて言ってたからね」
「仲良くしてくれるかな?」
「あなたとあいつは気が合うと思うよ」
にっこり笑う翔くん。
なんだか確信があるみたいだ
翔くんがそう言うならきっと大丈夫。
なんだか安心して翔くんの指を悪戯していた
ら、ギイッと店の扉が開く音がした
一周年の御祝いメッセージなど
ありがとうございました。
『厭わしい』は本日でまた限定に戻します。
嫌な感じだったでしょう?