お山の妄想のお話しです。




「よし、行くでぇ」


昨晩から暴風雨で漁はお休みだ。

休みの日定番のブランチをとり、食後のまっ

たりタイムを満喫していると突然城島さんが

言った。


「はあ?どこに?」


読んでいた雑誌から顔を上げ、太一さをんが

怪訝な表情で城島さんを見る。

城島さんはそんな太一さんを気にするでもな

く、ニコニコしながら続けた。


「街や!買い物に行くんよ」

「リーダー、外見てみろよ凄い雨だぞ」

「雨で海は大変やけど陸は大丈夫やろ?車は

沈まんし」

「そりゃあ、そうだけど。こんな雨の中家か

ら出るのは億劫だろ~」

「こんな雨の日やなかったら仕事があって、

とても街までなんて行けへんやろ」


二人の会話を聞きながら、どちらにもウンウ

ンと同意する。

こんな雨の日に外に出たくない、それは当然。

でもこんな雨で仕事もない日でなければ、車

で1時間は優にかかる大きな街までは行けな

いのも事実だ。


「それにな~」


城島さんは面倒臭いとぼやく太一さんや長瀬君、そして俺を近くに集まるように手招くと

声を潜めて言った。


「年が明けたら松岡の誕生日やろ?年末年始

は色々忙しいし、あいつへのプレゼント買う

の今日がええと思うんよ」

「あ~、そういやもうじき松岡誕生日だわ」

「ヤバイ、何も考えてなかったぁ。松岡君欲

しいものあるのかな?」

「松兄の誕プレ……包丁か酒かな?」


台所で後片付けをしている松兄を気にしなが

ら皆でヒソヒソと話した。


「街のショッピングモールへ行けば何でも揃

うはずやから、皆で行こうや」

「しゃーねーな。でも俺は運転しないぞ」

「運転なら俺がするよ」

「よし、じゃあ運転は長瀬に決定な」

「ところで菅田君は?」


トントン拍子で話は進むけれど菅田くんはど

こだろう?

食事の後から彼の姿が見えない。


「あのこはさっき松岡にお使いを頼まれて

船小屋行ったなぁ」

「丁度良いじゃん、松岡は菅田の戻るのを待

つから行かないって絶対に言うし」

「そやね、松岡おらん方がプレゼント決めや

すいしな」

「よし、それじゃあ10分後に出発。各自支度

を済ませ玄関に集合な!あ、リーダーは松岡

に出かけるからって言ってきて」

「わかった~」


城島さんは台所の松兄の所へ、俺達は支度の

為に部屋へと戻った。


街に行くのは久し振りだから少し楽しみだ。

プレゼントを選んだら画材も見よう、新色の

絵具は出てるかな…


そんな事を考えながら身支度を整え、土砂降

りの雨の中長瀬君の運転する車で街へと出発

した。



窓から雨の風景を眺めながら、俺は1月に誕

生日を迎えるもう一人の大切な人を思い浮か

べていた…


彼と付き合い出してから、毎年この時期にな

ると頭を悩ませたっけ。

何を贈ろう?

どんな物を渡したら喜んでくれるかな?


プレゼントを受け取った時の嬉しそうな顔を

想像しながら贈り物を選ぶのは、楽しく幸せ

だったけれど…

もう、あの顔を見ることは無いんだと思うと

淋しく悲しい気持ちになった。


天から降り注ぐこの雫は、過去を想う俺の泪

みたいだ。

でも今は酷い降りでも、もうすぐ小雨になっ

ていつかは上がる。

そうしたら、胸中の淋しさや悲しみもきっと

この雨水のように流れて消えて行くんだろう…


その後は雲間から光が射して、何時か俺にも

太陽のように明るく笑える日が訪れるはずだ。





モールにつき男四人であれでもない、これで

もないとプレゼントを物色した。

結局以前松兄が興味を持っていた水のいらな

い鍋を買った。

誕生日プレゼントと言っても、俺達の食事作

りに使われる物なので申し訳ない気持ちもある。


そこで各々、気持ち程度の品を準備すること

にした。

自分の買い物をしながら選ぶので一旦解散、

帰り時間に集合となった。


俺は画材店を見た後、ぶらぶらと歩きプレゼ

ントになりそうな物を探した。

最初思い付いた包丁は止めた、やはり本人で

ないと握った具合や使いやすさはわからない

からだ。


ではどうしようか?

服?俺のセンスでは駄目な気がする…

靴?やはり俺のセンスじゃ…

アクセサリーはどうかな?

確か松兄にはピアスの穴が開いていた。


丁度目の前にシルバーアクセサリーの店があ

ったので、これはきっと天からの啓示だと中

に入った。


ピアスのショーケースを覗き込み松兄に似合

いそうな物を探す。

大きすぎず小さすぎず、ゴチャゴチャよりシ

ンプル?

あれこれ悩み最終的には店員さんの力も借り

て1つのピアスを選んだ。


プレゼント用に包んで貰う間暇なので、他の

品物を眺めることにした。

もちろん冷やかしだ。


ネックレスや指輪の凝った細工を見ると、イ

ンスピレーションが湧いてくる。

次の仕事に生かせそうだ、とか考えながら移

動していくとショーケースの端のほうに長細

いピンの様な物があるのに気付いた。

近付いて良く見るとそれはネクタイピンだった。


「タイピンか……」


俺は一個も持ってないな、とボンヤリ眺めて

いると一つの品物が目についた。


シンプルなシルバーのタイピン…

ちょうど真ん中あたりに小さいけれど鮮やか

な紅い石が嵌め込んである。


ああ、凄く似合いそう…


「……すみません、これも…」


脳裏に誰かの顔が浮かぶのと同時に店員を呼

び、それもプレゼント用に包んで貰った。




リボンの色が違う小さなふたつの包みを受け

取り集合場所へと向かう。


1つは松兄のピアス、誕生日におめでとうと

いう言葉と共に渡せるもの。


もう1つは、ネクタイピン。

……スーツを着るあの人にきっと似合うはずだ

けど。


「買っちゃったよ…」


渡すあてのないタイピン

一緒に祝うことは永遠にないのにな。


「ふふ、俺ってホントにバカだなぁ」


あまりの自分の馬鹿さ加減に思わず笑った。





買い物を済ませ帰路に着く。

夕飯は食べて帰ると松兄には言っておいたけど、たまに来た街で人に酔い疲れ切った俺達

はそのまま帰ることにした。


夕飯は帰り道の途中にあるピザ屋で調達し、

松兄の迷惑にならないように配慮した。


店から家までは微妙な距離だ。

冷めない内に帰ろうとスピードを上げ車を走

らせていた長瀬君が、突然急ブレーキを踏んだ。ガクンと体が前のめりになる。


「うおっ!」

「わあ~っ」


助手席の太一さんとその後ろに座っていた城

島さんが叫ぶ。


「痛っ!」


3列シートの一番後ろにいた俺は顔面を前の

シートにぶつけ痛みで蹲る。


「あぶね~」


家の近くの細い道、どうやら出合い頭でぶつ

かりそうになったらしい。

相手の車も急ブレーキで止まり大事には至ら

なかったようだ。


「あぶね~じゃねえ!こっちが一時停止なん

だよ!」


バシンと長瀬君の頭を叩くと太一さんは窓を

開け、相手の車に謝った。


「すみません、大丈夫ですか?」


相手の声は聞こえなかったけれどピッと短い

クラクションが鳴った。

どうやら問題ないという意らしい。


「ほんま、すんませんな~」


城島さんが謝った時には相手の車は擦れ違っ

た後だったようだ。

太一さんはとてもお冠で長瀬君を叱っている。


「お前マジ気をつけろよ!ぶつかってたら大

変なことになってたぞ!」

「ごめんなさい!」

「お前相手の車見たか?外車だぞ!あんなの

にぶつけたら修理費いくらかかると思ってん

だよ!」

「ごめん皆、これから気を付けるから!」

「ほんまに気を付けえよ、怪我したら大変や

からな」


車の運転が出来ない俺は何も言う事はない、

でも何故こんな僻地の漁村に『外車』が走っ

ているのか謎に思った。

ここに住んでから一度だって外車なんて見た

ことがないから。


道に迷って入り込んだのかな?

なんにしろ事故にならなくて良かった。



その後長瀬君は慎重に運転し無事に家へと着

いた、そして俺が車から降りるとすぐに城島

さんが声をかけてきた。


「大野君はこの荷物を持って先に家に入って

てくれんか」

「はい、これだけでいいの?」


食材の入った数個のレジ袋を受取り聞くと、

城島さんは『これを先に持って行って松岡を

台所に足止めして欲しいんよ』と言った。


どうやら俺が松兄を台所に留めている間に、

見られてはいけない荷物を運び込むらしい。

サプライズするのも一苦労だ。


「できるだけ長く頑張ってみるね」

「頼むで」


俺は使命を胸に玄関を開けた。


「………あれ?」


その時、ふわっとフルーティーな香りがした。

何処かで嗅いだことのある香り、美味しそう

な桃とプルーンのような…


それは玄関から入り込んだ風にすぐに吹き消

されてしまったけれど



……とても懐かしい香りだった。






ロシャス ファム

トミー コロン スプレー