お山の妄想のお話しです。
朝、目覚めるとホテルの部屋にザーザーと雨
音が響いていた。
起き上がり窓の外を見れば、やはり歓迎でき
ない空模様で暗澹とした気持ちになった。
これでは時化で船は出ないだろう、勿論市場
も休みになる。
漁港や市場に行っても人がいないとなると、
聞き込みの幅が狭まってしまう。
それでもここまで来たからには、自分が納得
するまで行動しようと思う。
今日成果を上げられなければ、また日を改め
て来ればいい。
とりあえず今日の目当ては海辺の食堂だ。
昨日の青年が言ったように、おばさん達から
何か情報を貰えると有り難いんだが…
食堂が開くだろうお昼の時間に合わせホテル
をチェックアウトすることにした。
*
海辺に着くとやはり酷い雨だった。
食堂の駐車場に車を停めるが、他に一台も車
はない。
嫌な予感がするけれど店の前まで行ってみた。
「 ……… 」
昨日と同じだ。
店の中は暗く暖簾はしまわれ、ガラスの引き
戸は閉められている。
予想はしていたがやはり食堂は休みだった。
当てが外れた、さてどうするか。
朝よりは雨が弱くなっているように感じる、
このまま待てば止むかもしれない…
店のひさしの下で暫くの間雨宿りすることに
した。
海は濁り波が高い、でも遠くの空は明るくな
り始めている。
ぼんやりとそれを眺めていると、目の前に一
台の軽トラが止まった。
俺に何か用があるのか?訝しげに見つめると
運転席の窓が開き、昨日の青年が顔を出した。
「お兄さん、来ちゃったんだね」
「ああ、昨日はどうも。来ちゃったって?」
「昨日の晩から雨風が酷かったから、人探し
なんて出来ないだろって家の皆と話してたん
ですよ」
「はは、普通ならそうだろうな。でも俺はど
うしても情報が欲しいんだ、早くあの人を見
つけたいから」
「よほど大切な人なんですねぇ」
「………なによりも大切な人。俺の命より大切
な人なんだ……」
今時の若者にこんな事を言ったら大袈裟だと
笑われるかも知れない。
たとえ笑われ呆れられたとしても、俺にとっ
てはそれが真誠だ。
「……凄え、カッコイイですね。そこまで人を
愛せるなんて、本当に凄いと思います」
青年は笑うどころか、キラキラした眼差しを
俺に向けてきた。
「俺、お兄さんの人探しに協力しますよ!
昨日は絵を描く人としか聞かなかったから知
らないと答えたけど、名前や写真とか見せて
貰えたらわかることがあるかもしれません」
「………あ 」
昨日、極めて重要なことを話していなかった
事に青年の言葉で始めて気がついた。
いくら早朝の出発や事故渋滞で疲労していた
といえ、なんという失態……
「俺は家に戻るんですが、一緒に来ますか?
ここにいても食堂は休みだし、漁も休みだか
ら待っていても人なんて通りませんよ」
「確かに人は通りそうもないけど…君の家って
?」
「俺、船長の家に居候してるんです。一緒に
暮らしている先輩漁師は皆顔が広いんで何か
知ってる人がいるかもしれません」
「そういうことか…お願いしてもいいかな?」
「じゃあ行きましょう。あ、このけっトラに
乗りますか?」
「いや、すぐそこに車を駐めてあるんだ。
荷物も入っているし、車で君について行って
もいいかな?」
「いいですよ。少し行った所で待ってます」
そう言うと青年は車を動かし、少し離れた場
所に停車した。
俺は急いで車に戻り彼の軽トラの後ろについた。
悪天候で人影もなく、些か途方に暮れていた
所に救いの神の出現だ。
なんとなく先行きが明るくなった様に思える。
このままの勢いで彼の仲間に尋ねたら、智君
に繋がる情報を得られるかもしれない。
そうなる事を切に願いながら、青年の車を追
って海辺の道を走った。