お山の妄想のお話しです。




目の前には松兄の作った美味そうな料理が

ホカホカと湯気をたてている。


しかし俺達はそんな料理をただ見ているだけ、

まるで『待て』をさせられている犬みたいだ。


「遅えな、あいつ。料理が冷めちまうぜ」


松兄がイライラしながら時計を見た。

皆、船小屋までお使いに出た菅田君の帰りを

待っている。


「どの網かわからないのかな?」


長瀬君が玄関を気にしている。


「手入れ前の網は一つだけだから分かるはず

やけど…まさか海に落ちたりしてへんよな…」


城島さんは気を揉んでいる。


「リーダーじゃあるまいし、あのコ身体能力

高いからうっかり落ちたりしないよ」


太一さんは鰤の塩焼きを箸でつついている、

早く食べたいんだろう。


「俺、迎えに行こうか?」


これは多分雑用係の仕事だから。


「お前は駄目だ、夕飯がもっと遅くなる」


俺の申し出はすぐに松兄に却下された。


「せやな~大野君はあかんな」

「ミイラ取りがミイラ的なやつ」

「大野君は危ないからダメ、行くなら俺だな」


城島さん、太一さん、長瀬君にもダメ出しさ

れた。

俺は彼等にとってどんなポジションなのか…


「そうだな、長瀬ちょっと見てきてくれ」


しびれを切らせた松兄が言った所で、玄関か

ら大きな声がした。


「遅くなってすみませ~ん!この網何処に置

けばいいですか?」


待ちに待った菅田君のお帰りだ、やっと夕飯

にありつける。

城島さんが玄関に向かい菅田君に指示を出し、

暫くして二人で台所に入ってきた。


「遅くなってすみません」


菅田君が謝り席に着くとやっと夕飯の始まりだ。




賑やかな食卓。

美味しい料理を口に運んでいた俺は、ふと気

になって菅田君に遅くなった理由を訊いてみた。


「菅田君、何で戻るの遅かったの?」

「ああ、途中の食堂の前に人がいたんで」

「食堂の前の堤防?こんな時間に?」

「そうなんです、男性が独りポツンと例の場

所に。俺が船小屋に行くのに通る前からいた

みたいで気にしてたんですが帰りにもまだいて、しかも何か思い詰めた風だったんでヤバ

イと思って声をかけてみたんです」


話を聞き皆が菅田君を見た。


「で、どうだった?本当にヤバかった?」


太一さんが興味津々で訊くと菅田君は『ヤバ

くありませんでした』と答えた。

人騒がせな奴がいたんだな、と皆が食事を再

開する。


「じゃあその人そこで何やってたの?」

「ずっと海を眺めていたみたいですよ」

「この寒い中?物好きだね」

「飛び込むつもりは無さそうだったけど、ひ

どく寂しそうでしたよ。あ、人を探してるっ

て言ってました」


俺が菅田君と話していると松兄が入ってきた。


「人探しでこんな所まで来たのか?」

「はい、とても大事な人みたいでしたよ」

「へえ、ご苦労なことだな。で、探し人はど

んな奴なんだ?」

「どんな奴って言うか、この辺で絵を描いて

いた人はいなかったか聞かれたんですよ」

「絵を?あの堤防で?見たことねえな」

「ですよね。だから、ないって答えたら秋口

にもいなかったか聞かれて、俺その頃ここに

来たばかりだからわからないって答えたんで

す。そしたら凄く落胆して、気の毒だったか

ら食堂のおばちゃんに聞けばいいって言って

おきました」

「そいつ明日もこの辺探すのか?」

「そうみたいですね」


こんな僻地まで人探しで来るなんて余程大切

な人なんだなと、二人の会話を聞きながら思

った。

そして一寸だけ羨ましくもあった。


「なあ、その探し人って男なの?女なの?」


太一さんが尋ねると菅田君は『あれ?』とい

う顔をした。


「そう言えば聞いてません」

「マジで?そいつ性別言わなかったの?

そんじゃ写真とかも見せなかったのか?」

「見てませんねぇ」

「なにそれ、人探しのセオリー皆無じゃん」

「名前とかも出されませんでしたよ」

「そんなんで見つける気か?絶対見つからな

いだろ、そいつ一寸抜けてるんじゃないか?」

「いやいや、デキる男って感じでしたよ」

「デキる男ねぇ、でも実際は全然デキてない

じゃん」

「そうですね、でも見た目は凄く良かったで

すよ。THEイケメン、知的で育ちの良さそう

なイケメンでした」

「ふうん、そんな奴が寂しそうな風体で人探

しか。そりゃあきっとやんごとなき事情で別

れた彼女でも探してるんだな」

「俺もそう思いました」


太一さんと菅田君が『やんごとなき事情』を

勝手に想像して盛り上がっている。


菅田君の『知的で育ちが良さそうなイケメン』という言葉にすぐ翔くんを思い浮かべてしま

った俺はひそかに苦く笑った。


「見つかるとええなぁ」


城島さんが我が事のようにしみじみ言う。


「でもさ、」


それまで黙って食事をしていた長瀬君がテレ

ビの画面を指差した。


「今晩から暴風雨だって。明日時化で漁も市

場も休みだよね。そうしたら食堂だって休み

になるんじゃん、その人それでもまた来て探

すのかな?」


暴風雨だったら海辺は危険だ。

それに人もいないだろうから、尋ねることも

出来ないだろう。


俺は翔くんに似たイケメンが不憫に思えた。


「知的なイケメンなんだろ?だったら別の日

に出直すだろうよ」

「そうだな、大雨の中わざわざ来ないだろ」


松兄と太一さんが当然の様に言い、その話は

終わりになった。




俺は食後のお茶を飲みながら、そのイケメン

さんの探し人が一日も早く見つかりますよう

になんてお節介にも願っていた。