お山の妄想のお話しです。



雅紀の写した旅の風景は美しいものだった。

紅葉燃ゆる山、神秘的な碧を湛えた湖
飛沫を上げて流れ落ちる雄大な滝…

そして土地ならではの料理や出会った人々、
おかしな看板や奇妙な建物など、雅紀の感性
で様々な物が撮られていた。

旅館の山の幸たっぷりの夕餉の膳を最後に、
次の写真からは海の風景へと変わった。

堤防から撮ったのか、コンクリートの向こう
には明るく光る海と空がある。
遠くを走る船や、鳥の群れ。
これはカモメ?それともウミネコ?どちらか
わからないが大空をのびのびと飛んでいる。

それから魚市場で大きな魚と自撮りしたもの
や、数人の漁師とポーズを取ったもの…

残り数枚というところで古びた食堂が出てきた、寂れた風な哀愁のある建物だ。
一枚は建物のみ、そして割烹着姿の年配の女
性に囲まれ笑顔のものが一枚。
この方々が美味い食堂の料理人さん達だとす
ぐにわかった。

最後の一枚はまた堤防から海を写したもの…
今度は日が暮れかけた黄昏時の海だった。
とても美しい景色、でも俺には何かが引っ掛
かる。

これを見た瞬間から胸がザワザワとざわつき、写真が何かを俺に伝えようとしている気がし
て目が離せない。
でもいくら目を凝らして見ても海と空以外に
はなにも写っていないようだ……

違う角度から写真を見ようと摘まんでいた右
手の指先を離した時、そこに隠れていたもの
を発見した。
俺が持っていた右端にほんの少しだけ黒い人
影らしき物が写っていた。

らしき、と言うのはそれが余りにも小さくて
よくわからないからだ。
でも見ようによっては人の左肩の先から腕に
かけてのようにも見れる。

これは…
写真が訴えかけていたのは、これのことなのか?
まさかこれは…

ドキドキと胸が高鳴った、
俺は珠玉を見つけたのだろうか?
いや、こんな不明瞭なものでは真偽の程が定
かでない。

あなたを見つけたかもしれないと喜色を湛え
る心と、そんな都合の良い話があるものかと
戒める心がせめぎ合う。

智君を間違えるはずなどないと自負した傲慢
さは今の俺にはない。
だってそうだろう?俺は彼を傷つけ悲しませ
ていた事にずっと気付けなかったんだ。
そんな俺に、確固たる自信などもうありはし
ない。

隣の席からは写真を仲良く眺める二人の会話
が聞こえる。
その二宮の声を聞きながら思った。

もしかしたら二宮もこの写真から何かを感じ
取るかもしれない。
智君と深い絆で結ばれた二宮なら…
彼がこれを見て何らかの反応を示したら、俺
の直感は間違いではないかもしれない。

そう考えたら、すぐにでもこの写真を二宮に
見せたくなった。

「相葉、此方の写真は見終わったぞ」
「ん、そお?じゃあ交換しよ!」

雅紀に渡そうとするが意思に反し手が写真を
離そうとしない…
きっと身体があなたの欠片かもしれないこれ
を遠ざけるのを拒否しているんだろう。

「翔ちゃんどうしたの?」

いつまでも写真を寄越さない俺を不思議そう
に見ながら、雅紀は強張る俺ね手から写真の
束を抜き取り代わりに自分達が見ていた方を
渡してきた。

「こっちの写真はオレが転勤してた時に撮っ
たやつだよ。お寺とか、お城とか沢山あるか
らね!」
「寺か、修学旅行以来だな」

受け取った写真を眺めるように装いながら、
神経は二宮に集中していた。
あの海の写真は一番最後、それまでの写真と
あれを見た時の違いを見極めなければならな
い。

二宮は一枚、一枚と眺めている。
たまに雅紀が何かを言い、それに返答しなが
らも一定の間で写真を変えていく。

段々とあの風景が近づき、俺は些細な仕草も
見逃すまいと全神経を二宮に向けた。

とうとう最後、あの海の写真になった。

「  …………  」

黙ってじっと写真を見つめる二宮…
やはり俺と同じ様に何かを感じ取ったのだろ
うか?

「それ?どうかした?」

他の写真より長く眺める二宮に雅紀が訊ねた。

「いえ…綺麗な空だと思って」
「こういうの黄昏時って言うんでしょ?」
「そうですねぇ、逢魔が時ともいいますよ」
「おうまがどき?」
「昼間から夜に移る黄昏時をそう言います。
昔から魔物や妖怪などに遭遇する妖しい時間
だと言われていますね」
「えっ!やめてよ!怖いでしょ~」
「ビビりですね」
「怖いの嫌なの!って、まさかこの写真に何
か写ってるの?心霊写真とか!?ニノには何
か見えるの!!」

雅紀が慌てだすが、二宮は写真から視線を外
さない。

「残念ですがモノノ怪の類は一切見えません
ね、ただこの写真なんだか不思議な感じがす
るんですよ」
「ふう、良かった。心霊写真だったら怖くて
持ってられないよ」
「本当にビビりですね」

二宮は視線を外すと写真を雅紀へと渡した。

あの写真は二宮にもシグナルを送っていたの
だろうか?
二宮は何を気にしていたんだ?
俺と同じ、この右端だろうか…

しかしあっさりと写真を手放したのは智君に
繋がるものを感じなかったからか…

「翔ちゃんそれ見終わった?」

ぼんやりと考えていると、雅紀が俺の持つ写
真を指差し言った。

「あ、ああ、もう見終わった」
「じゃあ、もう仕舞うね~」

俺の手から写真を取ると、雅紀はそれを片付
けようとした。

「ちょっと待て、もう一度海の写真を見せて
くれないか?」
「いいよ~」

もう一度確かめたくて言うと、雅紀は海で撮
った全ての写真を寄越した。
俺はそれを一枚ずつじっくりと眺めた。

同じ地域、同じ海の筈なのに俺が惹かれるの
は黄昏時の写真だけ…
やはりこの写真には何かがある
確かに二宮もこれに反応していたし。

「翔ちゃんずっとその写真見てるけど、気に
入ったの?だったらそれあげようか?」

俺が写真を熱心に見ていたので、雅紀は気を
まわしてくれた。

「いいのか?」
「うん、いいよ!その写真だって気に入って
くれた翔ちゃんの所に居たいと思うから」
「そうかな……」

この写真は本当に俺の元に来るのを望んでい
るのか?
だとしたら、俺の感じたままに進めばいいの
だろうか?
何の確信もないけれど、行ってみようか…

もしかしたら、俺の思い違いでまったく智君
とは関係がない場所かもしれない。

それでも、確かめてみたい

この海に行ってみたい…




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