お山の妄想のお話しです。
わからない。
どうやって部屋まで戻ったんだろう?
疑問に思いながら取敢えず起き上がり布団を
捲ると、流石に服は昨夜のままだった。
酔い潰れた俺を誰かが部屋まで連れてきてく
れたんだろうか?
とにかく皆に訊いた方がよさそうだ。
部家を出て居間に向かうと、奥の台所から音
が聞こえた。
覗くと松兄が調理をしていた。
「松兄、おはよう」
「おはようだぁ?時計見てみろ、もう昼だぞ」
声を掛けると振り返り呆れたように言う、時計を確認するともう11時をまわっていた。
「わ、本当だ」
そして不思議に思った。
「どうしてこの時間に松兄がいるの?」
普段なら漁に出ている時間だ。
「昨日の宴会でお前の他にリーダーと太一君
も酔い潰れてな、仕事なんて出来る状態じゃ
ねえから休みにしたんだよ」
「……そうなんだ…俺、やっぱり潰れてたのか」
「おう、もうグテングテンにな。まあ、大泣
きのリーダーや説教を始める太一君よりはま
しだったがな」
昨晩は酷い有り様だったらしい、松兄が少し
げんなりしているように見えた。
「松兄、俺はどうやって部屋にもどったの?」
怖かったが訊いてみた。醜態を晒していない
といいけれど…
「お前は菅田が運んでくれたよ」
「えっ!!菅田君が?!運ぶって??」
嫌な予感しかしないがそれも訊くと。
「あいつ細いのに結構力があるんだよな、お
前を横抱きで運んでた」
「よっ、横抱き?!」
「おう、所謂お姫様だっこだ」
からかう様にニヤニヤしながら松兄が言うけ
ど、俺はそれどころではなかった。
昨日会ったばかりの、まだそんなに親しくも
ない、しかも幾つも年下の菅田くんに迷惑を
かけていたなんて…
「…やべえ、謝らないと」
独りごちると松兄から訂正が入った。
「おい、謝るじゃねえ、そういう時はお礼だろ」
「いや、まだそれ程親しくないし…」
「そういえばお前、昨晩あんまり喋らなかっ
たな。菅田とも話さなかったのか?」
「うん、話さなかった…」
言われてみれば昨晩の宴会で彼とは殆ど話し
てない、知っているのは名前くらいか。
隣に座っていたにもかかわらず、話をしない
なんて……
とっつきにくい奴と思われたかも、しかも運
んで貰うなんて迷惑もかけている。
「俺、嫌われたかも」
「それは無いから安心しろ」
深刻な俺をよそに松兄はニヤニヤ笑いを一層
深くした。
なんなんだろう?酔っ払って何かやらかした
んだろうか?覚えていないのが恐ろしい。
「とにかく菅田君と話してくる」
「そうしろ、奴はさっき海に行ったぞ」
「わかった」
「あ、もう少ししたら昼飯にすっから」
「連れて戻ってくるよ」
「おう、頼むな」
*
家から外に出ると松兄が言った通り、海に向
かい座る菅田君の姿が見えた。
近付いて行くと波音に混じって小さな歌声が
聴こえてきた、彼が歌っているようだ。
一人の時間を楽しんでいるのか?邪魔したら
悪いかなと立ち止まった時、砂を踏む足音に
気付いたのか菅田君が振り向いた。
「あれ?大野さん、どうしたんです?」
そして笑顔で訊いてくる、どうやら嫌われて
はいないようだ。
安堵して俺はそのまま彼に近付き隣に座った。
「昨日俺、菅田君に迷惑かけただろ?ごめん
な」
「え?迷惑って?」
「酔っ払らった俺を部屋まで運んでくれたん
だろ?」
「ああ、そんなの全然迷惑じゃないですよ。
大野さん可愛かったし」
「………可愛かった??」
「いや、こっちの話しですよ。気にしないで
下さい」
気にしないでと言われても、凄く気になる。
でも今は礼が先だ。
「……とにかく、面倒かけてごめん、それと
ありがとうな」
「どういたしまして」
ニカッと笑う菅田君を見て心根の良い子だと
改めて思った。
俺達は砂浜に座り海を眺めながら話した。
「菅田君は城島さん達と知り合いだったの?」
「はい、TOKIOさん達とは以前ライブで知り
合いました。俺もバンド組んでいたんで」
「へえ、でも何で漁を手伝う事になったの?」
「俺、金が欲しいんです」
「お金?」
「はい、お金!夢のために必要なんです!」
「お金がかかる夢なんだ?」
「そうなんですよ、俺海外へ行きたいんです。
夢を叶えるために留学したいんです」
「へえ~すごいな」
菅田君は自分のバンドが解散したのを期に、
バンドと並行してやっていた役者に本腰を入
れることにしたそうだ。
それで海外に行き、本場で力をつけるために
お金が必要ということらしい。
でもいくらバイトを掛け持ちしても思うよう
にお金が貯まらず、何か割の良い仕事がない
か探していたと。
「それを城島さん達に話したら、家で働けば
良いっていってくれて。留学資金が貯まるま
でお願いしたんです」
夢を語るキラキラした瞳、若いっていいな、
なんて思ってしまった。
俺も若い頃には夢があった。
菅田君と同じで海外で絵の勉強をしたいとか…
でも夢見るだけで踏み出す勇気がなかった。
「素敵な夢だな、応援するよ」
「ありがとうございます!俺頑張ります!」
「ふふ、頑張って」
「ふふ、頑張って♡じゃねえ!」
ごちっと頭に拳骨が落とされた。
「痛いっ!」
殴られた頭を押さえて後ろを見ると、松兄が
仁王立ちしていた。
「松兄痛いよ、いきなり何するんだ」
「何すんだじゃねえよ、俺はもうすぐ昼飯だ
って言ったよな?なのに何時まで経っても戻
ってこねえから迎えに来たんだ」
「あ、そうだった」
菅田君と話していてすっかり忘れていた。
「菅田、悪いが車庫に行って長瀬を呼んでき
てくれ」
「了解しました」
菅田君は母屋の隣の車庫へと走って行き、
俺は松兄と並んで母屋へと向かった。
「長瀬君は車庫で何をしてるの?」
「あいつはバイクを整備してるよ、お前とタ
ンデムしたいんだとさ」
「俺と?またどうして?」
「お前が菅田とイチャイチャしてたのが羨ま
しかったみたいだぞ」
「は?イチャイチャ?菅田君と?」
「おお」
俺が何時そんな事をしたんだ?と目で問えば
松兄はまたニヤニヤとし始めた。
時間切れm(._.)m