お山の妄想のお話しです。




食事の後、雅紀が落ち着いた店で飲もうと言
うので潤の店へと赴いた。
以前は足が遠退いていたが、智君がいなくな
ってからは月に一度は通うようになった。

それは決して新たな恋を探すためではなく、
智君について情報交換をするためだ。
俺は加藤からのメールの内容を、潤は自分や
二宮にたまに送られてくる智君からのメール
についてだ。



雑居ビルの三階、重厚な木の扉を開ければ
すぐにカウンターがあり、中では美貌のバー
テンダーがグラスを拭いていた。

「いらっしゃいませ、此方へどうぞ」

ボーイに案内されカウンターについくと潤が
グラスを拭く手を止め俺達の席にやって来た。

「いらっしゃい、翔さん」
「 ああ  」
「御注文は?」
「…いつもの」
「かしこまりました、お連れの方は?」
「えっと、ごめんなさい、ちょっと待って」

潤の営業用スマイルに見惚れていた雅紀は慌
ててメニューを開いたが、あれやこれやと悩
み始めなかなか決まらない。
雅紀の注文を待つ間、潤と俺は小声で話した。

「…連絡あったか?」
「…俺の所にはない、でもカズにはあった」
「…内容は聞いてる?」
「…ああ、でも何時も通りの生存確認みたい
なものだ」
「…そうか」
「…あんたの方は?」
「…こっちも何時もと同じだ…」
「…そう」

今回も智君の居場所について有益な情報はな
いようだ。

「決まったよ、これにする~」
「はい、かしこまりました」

雅紀の注文が決まり俺達の会話も終わる。
潤はまた優美な営業用スマイルを浮かべると
カクテルを作るため定位置に戻って行った。

「あのバーテンさん、凄くカッコいいね」
「そうだな」
「きっとモテるんだろうな~羨ましい」
「…モテてるな」
「あ、本当だぁ」

カクテルを作る潤を女性の二人組がうっとり
しながら見つめていた。
他にも席があるのにわざわざ潤の前に座るの
は彼が目的だからだろう。

客の殆どがLGBTのバーだが、ストレートな客
が来ないわけでもない。
潤目当ての女性客も相当数いた。

「あ~あ、オレも彼女欲しいな……あっ!ご
めん、翔ちゃん…」
「なんで俺に謝るんだよ」
「だって恋人さんを待ってる翔ちゃんの前で
彼女が欲しいなんて言ったら不謹慎でしょ」

どうやら雅紀に気を遣わせていたようだ。

「そんなことないぞ、俺の事はお前に無関係
だから気にするな」
「でもさ~」
「いいんだよ。側にいなくても俺があの人を
想う気持ちは変わらない、それにきっと戻っ
て来てくれるって信じてるからな」
「…うん」
「だから気にするなよ。そうだ、久しぶりに
お前の恋愛事情でも聞こうかな?」
「本当に気にしない?話しても大丈夫?」
「はは、大丈夫だよ」
「それじゃあ話しちゃおうかな、実は気にな
る人が会社にいてね……」

それから暫く雅紀の話しに付き合った。
会社のマドンナに恋した雅紀、でもライバル
が多すぎて諦めかけている…

そんな話を聞いて昔を思い出す。
実は俺もライバルが多かった、智君を狙って
いる輩は大勢いたんだ。
でも諦めず確実に手に入れるように画策して、
そしてあの人を掌中に収めた。
確信犯的な所業だった。

純真な雅紀にそんなことは出来ないだろうが
諦めないで欲しい、想い続ければきっといつ
か報われるんだから。
俺は、諦めるなと長い時間をかけ切々と説いた。

「うん、そうだよね、オレ頑張るよ~」

やっと雅紀が前向きになった頃には店にいる
客は俺達だけになっていた。

「櫻井さん、もうすぐ閉店時間ですが…」

ボーイが俺に言う、時計を見ると夜も更けて
いた。

「すまないな、じゃあそろそろ帰ろうか」
「わわっ、ちょっと待って~これ飲んじゃう
から!」

焦った雅紀が手元のカクテルを一気に飲もう
としたのを潤が止める。

「待って、そのカクテルは度数が高いから一
気は駄目だよ」
「でも、もう閉店なんだよね?急がなきゃ」
「時間は気にしないでゆっくり飲んで、俺も
翔さんと話すことがあるから大丈夫だよ」

そう言うと潤はボーイを帰らせ店の入口の照
明を落とした。

「ふふ、今から貸し切りだよ。まだ飲み足り
ないでしょ?」
「いいの?じゃあ頼んじゃおっかな」
「遠慮なくどうぞ」

次はどれにしようかと上機嫌でメニューを見
る雅紀。
そんな雅紀に気付かれないように潜めた声で
俺は二宮に来たメールの内容を訊いた。

「何時もと同じ、元気だから心配するな、だ
けだったらしい」

智君は定期的に潤か二宮にメールを送る。
此方からの問いかけには一切答えない一方的
なものだが、着信拒否をされている俺にとっ
てはそれすらも羨ましかった。

「なあ、翔さん。もうすぐ智が消えてから一
年経つけど、まだ原因はわからないのか?」
「…ああ、わからない。俺はあの人に愛情の
全てを注いでいたつもりだけれど、あの人は
それを嫌ったのかな…」

俺の想いが重荷になったんだろうか…

「それはないと思うな、あいつここに来ると
何時も惚気てたし…幸せそうだったよ」
「そうか… だったら何故出ていってしまった
んだろう…」
「理由さえわかれば対処できるのにな…」

毎回同じ所に辿り着く、堂々巡りだ。
二人無言で考えていると、明かりを落とし
closeの札を掛けた扉が不意に開いた。

「潤君、もう終わりですか?」

そこから顔を出したのは二宮だった。

「一応閉めたけどまだ大丈夫だ」
「よかった、こんな時間まで仕事が終わらな
くて。腹ペコなんですが何か作れます?」
「しょうがないな、賄い用のパスタがあるか
らそれでいいか?」
「充分です」

潤と話しながらカウンターに近付いて来た二
宮は、そこでやっと俺に気付き露骨に嫌な表
情をした。
そして俺を避けるように雅紀の二つ隣に腰を
下ろした。

「…久しぶりにだな」
「俺はあんたになんて会いたくなかったけど
な」

智君が消えたあの日から二宮とは会うことは
なかった。
情報は潤を経由して届いたので必要がなかっ
たし、なによりもお互いが相手を敬遠していた。

「…それは俺も同じだ」
「それは良かった」

俺と二宮の険悪な雰囲気を察知した雅紀があ
たふたと慌て出す。

「翔ちゃん、怖い声出してどうしたの?折角
美味しいお酒があるんだから楽しく飲もうよ。
そこの君もさ、怖い顔してないで一緒に飲も
う、ね?」

持ち前の明かるさで場を繕おうとするけれど
二宮には通じない。

「はっ、『翔ちゃん』だって。随分仲がよろ
しいようですね」
「うん?翔ちゃんって呼ぶの変かな?ずっと
そう呼んできたからわからないや」
「へえ、ずっとですか」
「そうだよ~、長い間ずっと仲良しなの」

二宮が話しに乗ってきたのが嬉しいのか、雅
紀は笑顔で俺に同意を求めてきた。

「こいつとは学生の頃から連んでいたからな、長い付き合いだよ」
「そうですか、俺はてっきり新しい恋人かと
思いましたよ。とうとうあいつは過去の人に
なったんだなって」
「   なっ! 」
「いなくなって一年もしないのに、もう新し
い男を作ったのかと軽蔑しましたが違うんで
すねぇ。それは失礼しました」

二宮は蔑んだ目で俺を一瞥した。
その酷い言いざまに怒りが込み上げる
言うに事欠いて智君を過去の人だと?
俺の想いはずっと同じた、あの人を全身全霊
で愛している。
新しい恋人?ふざけるな
そんなもの作るはずがない。

震える拳をギュッと握り怒りを押し殺す。
ここで感情を露にしてもなにも始まらない、
むしろ二宮との関係を悪化させるのは今後の
事を考えると得策ではない。
しかし怒りを堪える俺の横で雅紀が憤慨した。

「君!何を訳のわからない事を言ってるの!
翔ちゃんはそんな男じゃないよ!恋人さんが
戻って来るのをずっと待っているし、新しい
恋人だっていないよ!」
「大きな声を出さないでくださいよ、誰だか
知りませんが、あなたを新しい男だと思って
しまってすみませんでしたね」
「なんなの!その言い方!それに新しい男っ
てなんのこと!?」

疑問に思うのは当然だろう、雅紀には俺の愛
する人が同性だと話していない。
そんな、訳がわからはいながらも憤る雅紀を
なだめるために俺は二人の間へと割って入った。

「やめろ、雅紀」
「だって翔ちゃん、この人酷いよ!」
「落ち着け、俺が悪いんだ」
「でもさ!」
「頼むから落ち着いてくれよ、お前に話さな
ければならないこともあるんだ」

何とか雅紀を落ち着けようとしていると、背
後から凄絶な怒気を孕んだ声がした。

「まさき、だと…」



振り返ると二宮が今まで見たことがない程の
憤怒の表情で俺を睨み付けていた。