お山の妄想のお話しです。
「しょうちゃ~ん!」
雑踏のなかでも聞こえる程の大声で俺を呼ぶ
声でわかる、出来れば今夜は会いたくなかっ
た人物だ。
どうする?気付かない振りをして大野さんの
手を引き人混みに紛れようか。
それとも軽く挨拶でもして別れる?
あいつも連れがいるはずだから長くはならな
いだろう。
もし一緒に巡ろうなんて言われても断固拒否
だ。俺は大野さんと2人でいたい。
選択肢は一つしかない。
…よし、決めた。
俺は握った手を引いた、気付かない振りを選
んだんだ。
でも大野さんが動かない。
「翔くん、あの声相葉君だよね?」
そしてキョロキョロと辺りを見回す始末。
……男心、俺の心を汲んで欲しい。
そうこうしている内に人波を掻き分けて俺達
の前に雅紀がやって来てしまった。
「翔ちゃん凄い偶然だね!こんなに人が大勢
いるなかで出会えちゃうんだもの!」
「凄い偶然じゃなくて、ただの偶然だ」
にこやかに話し掛けてくる雅紀、こいつも男
心がわからないのか?いや、きっとわかって
いてやっているんだ。
「あ、大ちゃん久しぶり~」
「うん、久しぶりだね」
「 ! 」
言いながら横にいる大野さんに目をやった瞬
間、雅紀から笑顔が消えた。
視線の先にあったのは繋ぎあった手だった。
「 あ 」
それに気付いた大野さんがスルリと手を引き
繋ぎ合っていた手はほつれてしまった。
「……手を繋ぐなんて仲良しさんなんだね」
「おいらがよくはぐれるから、しかたなく翔
くんが繋いでくれたんだよ」
「 ふうん 」
雅紀は胡乱な目で俺と大野さんを見た。
俺は憮然とした態度で対峙し、大野さんは居
心地が悪そうに小さく身じろいだ。
「それよりお前1人か?バスケ部のやつらは
どうしたんだ?」
辺りに一緒に行動しているはずのバスケ部員
の姿がなく疑問に思い訊いてみた。
「あのね、はぐれちゃった」
「はあ?嘘だろ?」
「嘘じゃないよ~、知らない間に皆どこかに
行っちゃってさ、おれ迷子なの」
「へえ、じゃあ頑張って探せよ。さ、大野さ
ん行きましょう」
なんだか嫌な予感がして、大野さんと行こう
とするとがしりと腕を掴まれた。
「待ってよ~翔ちゃん超冷たい!」
そりゃあ冷酷にもなるさ、俺はお前の口から
ろくでもない言葉が飛び出す前にこの場を離
れたいんだ!
「うるせえ。俺と大野さんはもう上の公園に
行くからお前と一緒にバスケ部員なんか探せ
ないぞ」
「部員探しはいいんだよ、多分皆公園に行け
ばいると思うし」
「そうか、じゃあさっさと公園に行けよ。き
っと皆お前を探してるぞ」
いよいよ嫌な予感が強くなる。
「公園まで1人で行くの寂しいじゃん、せ
っかく会えたんだから一緒に行こうよ」
最悪だ、予感が的中した。
このままこいつと行けばずるずると花火も
一緒に見る羽目になりそうだ。
そんなのは御免被りたい。
「嫌だよ、お前は急いで仲間と合流しろよ」
「嫌だとか、酷いよ翔ちゃん」
雅紀はわざと悲しげな顔をすると今度は大野
さんに同じ事を言った。
「大ちゃん、おれも一緒に行ったらダメ?」
「………いいよ、一緒に行こう」
大野さんはそんな雅紀に絆されたのか諾をだ
してしまう。
「ありがと、大ちゃん!」
「……大野さん」
優しい人だから恩情で言ったのだろう、でも
俺はそんな彼を恨めしく思ってしまった。
「誰かさんと違って大ちゃんは優しいな!
じゃあ行こう!急がないと良い場所がなくな
っちゃうよ」
雅紀は先程の悲哀さが嘘のように満面の笑み
を浮かべると、掴んだままだった俺の腕をグ
イグイと引っ張り歩き出した。
「おい、引っ張るな!」
「だって急がないともうじき花火が始まっち
ゃうよ」
このままでは強引に連れて行かれる、俺は今
一度繋ごうと大野さんに手を差し出した。
しかしその手を大野さんは取ってはくれなか
った。
「おいらはぐれないように気を付けるから、
手は繋がなくていいよ」
そう言われてしまうともう手を繋ぐことは出
来ない。
「じゃあ、俺の隣にいて下さい。気になる物
があったら言ってくださいね?」
俺は渋々手を引っ込めた。
「じゃあ出発~」
機嫌がよくなった雅紀がやはり腕を引っ張り
ながら歩き出す。
大野さんは雅紀の逆、俺の左隣を一歩下がっ
て歩き始めた。
鮮やかな金髪が目の端に映る、何故すぐ横を
歩いてくれないのか……
やっぱり雅紀に遠慮しているの?
そんな必要はないと言いたい、隣にいて欲し
いのはあなただと伝えたいのに…
そんな想いを込めて大野さんを見れば、視線
に気付いた彼は俺を見てにこりと笑う。
………ああ、やっぱり言いたいよ。
今晩、あなたに俺の気持ちを伝えてもいいで
すか?
色好い返事を貰えるなんて思ってないけど、
あなたに俺の想いを知って欲しいんだ。
すぐに返事をくれなんて不粋な事は言わない。
俺のことをもっと知ってもらってからでいい
んだ、多分あなたはそういう事を口にするの
が苦手だろうから、もし言葉での返答が無理
なら絵で伝えて欲しい。
あなたが描いた俺を見ればきっとあなたの心
が知れると思うんだ。
何故かはわからないけど……
悪い返事はないように感じる。
ふふふ、ポジティブ思考すぎるかな?
でもそんな風に考えていた方が行動しやすい。
まあ、結果悪い返事でも俺は諦めないからね。
往生際の悪い男で申し訳ないけど、それこそ
が愛しく求める事だと思うんだ。
どんな事が起こっても俺は諦めない、だから
観念して下さいね。
「…ねえ、翔ちゃん!」
「 はあ? 」
自分の世界に入り込んでいて雅紀の話を聞い
ていなかったようだ。
「はあ?じゃないよ!おれの話し聞いてなか
ったでしょ!なんだかニヤニヤしてたけどな
んなの?エッチなこと?」
「ば~か、違うわ」
「へ~、その反応やっぱエッチな事でしょ!
前貸したDVDの感想訊いた時と同じ顔してる
よ~、ほら、おれ秘蔵の団地もののDVD!」
突然雅紀が大人のDVDの話をし始めて俺は焦
った、確かに借りたけどそれをこんな誰が聞
いているかもわからない人混みの中で言うか?
って言うより大野さんの前で言うんじゃない!
こんな話を聞いて大野さんにスケベな奴とか
思われたら立つ瀬がない。
「ばかっ!こんな所でなにを言い出すんだよ!
違いますよ、俺はやらしいことなんて……」
俺は弁解するために慌てて左隣の金色に訴え
かけた、でもそこにいたのは知らない女の子
だった。
「………大野さん?!」
いつの間にか大野さんはいなくなっていて、
俺は偶然近くを歩いていただろうこの子の金
髪を彼だと思い込んでいたんだ。
「大野さん!!」
どうしたの!どこにいるの!はぐれてしまっ
たのか?!
俺は混乱して辺りを必死に探した、
でも彼の姿は何処にもなかった。