お山の妄想のお話しです。



とうとう夏祭りの日がきた。

おいらは黒いTシャツとジーパンで家を出た。
お洒落した方がいいんだろうけど、おいらは
そんな服持ってない。
でも近くにいて翔くんが恥ずかしくないよう
な格好にはなったと思う。

最初で最後の2人でのお出掛け。
相葉君には悪いけど、今日だけはずっと翔く
んの側にいることを許して欲しい。
たった数時間、人生ではほんの一瞬だろうけ
どそれをずっと覚えていられるような日にし
たいんだ。


待ち合わせは午後4時、学校の近くの駅だ。
おいらの家の最寄り駅から1区間だから電車
に乗らないで歩いて向かった。

学校を通り過ぎもうすぐ駅前という所でやに
わに胸がドキドキし始める。
学校外で2人で会うのは初めてだから緊張す
る、友人からは『何があっても動じない』と
か言われてるけどそんなことはないみたい。
だって駅の出入り口の横に立ってスマホを操
作している翔くんを見ただけで心臓が爆発し
そうだから。

ヤバいヤバい、平常心に戻さなきゃ!
翔くんに近付きながら深呼吸を繰り返した。

「ごめん翔くん、待った?」

なんとか平静を装って声をかけると、スマホ
から顔を上げた翔くんはおいらに微笑んだ。

「そんなに待ってないです、それにまだ待ち
合わせの時間には早いですよ。だから気にし
ないで下さい」
「うん……」

おいらは翔くんを待たせてはいけないと集合
時間の15分前にここに来たけど、翔くんは一
体いつからいたんだ?
やっぱりモテる男はやる事が違うんだな……


事前にラインで送ってもらった予定では4時
に集合して、その後夏祭りの神社まで徒歩で
向かうことになっていた。
だいたい1時間もあれば着くだろう。

「じゃあ、行きましょうか。疲れたら途中で
休憩しましょうね」
「だいじょーぶ、体力はあるんだ」

おいら達は並んで歩き始めた。
チロリと翔くんの服装を見た、白いTシャツ
にジーンズそして大きめなボディバックを背
負っている。
少女漫画から出てきたような爽やかなイケメ
ン、それに比べておいらは猫背でぼんやりし
た冴えない脇役みたいだ。
横に並ぶには不釣り合いだ、スタイルのいい
相葉君とだったらきっとお似合いで注目を集
めたんだろうな。


翔くんは色々な事を知っていた。
通りにあるお店のオススメや路地の奥にある
昔ながらの駄菓子屋とか、みんな何年も通う
間に発見したことだそうだ。

「子供の頃から来てるんだね」
「低学年の時は親と来てましたが4年生くら
いから雅紀と一緒に毎年通ってましたからね」
「………そうなんだ」

今ここにいなくても、やっぱり相葉君の存在
は翔くんの中にいつもあるんだな。
羨ましいな…
でも今はおいらと一緒なんだから相葉君のこ
とは言わないで欲しい。
……なんて思っているけど言わないよ。
言える立場じゃないし、わかってた事だから。

「今年はおいらとでごめんね」

卑屈かな?でもおいらじゃ役不足かもと謝っ
てみた。すると翔くんは少し困ったように言
ったんだ。

「何を言ってるんですか、俺はあなたと来れ
て嬉しいんですよ」
「 …本当に?」
「ほんとうです!」

真剣に言われて嬉しくなる。
おいらちょろいな、翔くんの一言で直ぐに沈
んだ気持ちが浮上するんだ。

「 あんがと…」

たとえそれが嘘でも今日だけは信じよう、だ
ってそうしないと楽しい思い出が作れないよ。
歳をとってから昔を懐かしむ時に『あの時は
本当に楽しかったな』と笑って言える日にし
たいんだ。

「変なこと言ってごめんね、おいらも翔くん
と一緒ですごく嬉しい」
「ふふ、良かった。それじゃあ先を急ぎまし
ょうか。人出が多くなる前に神社に参拝して、それから露天を見て回りましょう」
「 うん 」
「ここの神社は縁結びの神様を祀っているそ
うです」
「へえ~、そうなんだ」
「……大野さんと一緒に御参り出来て良かった。
きっと神様は俺の願いをかなえてくれるでし
ょう」
「  ?  」

翔くんの中で縁結びの神様とおいらがどう繋
がってるのかわからないけど、翔くんの願い
が成就すればいいなと思った。