お山の妄想のお話しです。
モデルを了承してから毎日大野さんが来てく
れる、他愛もない話をする中で彼の事を色々
と知った。
お姉さんがいることや一駅先に住んでいるこ
と、中学は雅紀が合宿へ行っていた兄弟校に
通っていたことなどだ。
俺の事も然り気無く話した。
少しでも俺を知って欲しかったから、それが
良い絵を描いてもらう為か他の理由からかは
わからない。
「わあ、大ちゃんそのお茶飲むの?」
「うん。これ意外とうめえ」
雅紀と大野さんは当初の微妙な雰囲気が消え
たように感じた。
今も雅紀の言うところの『超不味いお茶』で
話しに花が咲いているようだ。
「味覚おかしいよ~それ超不味いのに」
「そうかな?癖はあるけどそれがまたいい」
「なにそれ、変だよ」
「じゃあ、相葉君はなんで超不味いお茶をあ
んなに飲んでたの?そっちの方がおかしい」
「何回か飲んでたらいつか美味しくなるかな
って思って。結局不味いままだけど」
「んふふ、変なの」
心地いい和やかな雰囲気、なんだか2人から
はマイナスイオンが出ているようだ。
話が一段落すると大野さんはスケッチを止め
ペットボトルのお茶をこくりと飲んだ、くっ
きりと浮き出た喉仏が動く。
それを見た瞬間ドキリと鼓動が高まった。
こくりこくりと動く喉仏から、いや細い首筋
から目が離せない。
「翔ちゃん?」
大野さんをじっと見つめる俺を雅紀が不思議
そうに呼んだ。
ハッと我に返り視線をそこからそらすと当の
大野さんと目があった。
自分が見られていたのに気付いたのか、キョ
トンとした顔をしている。
俺は邪な思いを誤魔化すために慌てて話しか
けた。
「そのお茶どんな味?俺にひと口下さい」
「 え?」
大野さんからペットボトルを奪うとそのまま
ゴクゴクと飲んだ。
あっ!と雅紀が声をあげたけれど構わなかっ
た、とてもテンパっていたんだ。
「あれ?本当だ、意外といける」
飲んでみるとそれ程不味くもなく、癖のある
苦味が後を引く。
「でしょ、一回飲むとハマる」
「うん、ハマりそう」
仲間を得たせいか大野さんは嬉しそうだ。
俺は自身の奇妙な行動を不審に思われていな
いことに安堵した。
その後俺達は好みが似ているのかもと、予鈴
が鳴るまで食べ物の話しで盛り上がった。
「じゃあね~」
小さく手を振りながら大野さんが帰っていく。
それに手を振り返しながらその後ろ姿を見送
っていると、今までずっと静かにしていた雅
紀がいきなり俺の手首を掴んだ。
「なんだ?」
「やめなよ翔ちゃん、なんだか恋人同士みた
いに見えるよ」
「はあ?」
なぜだか機嫌の悪い雅紀。
気に障る事でもしたかと考えたけれど何も思
い浮かばなかった。
「お前何でそんな仏頂面してるんだ?」
「翔ちゃんさ、おれが不味いお茶飲んでた時
一度も飲みたいって言わなかったよね」
「だって、凄い不味そうだったから」
「何で大ちゃんのお茶飲んだの?」
「何でって………」
大野さんの姿を見て感じた奇妙な思いを誤魔
化す為に咄嗟にとった行動だけど、まさかそ
れを雅紀に言えない。
「大野さんは不味くないって言ったし、俺も
どんな味か知りたかったから」
「そんなの自分で買って確かめればいいじゃ
ん!」
雅紀は急に語気を強めた。
どうしたんだ?
何をそんなに怒っているのか見当もつかない。
「お前変だぞ、どうしたんだ?」
「 だって… 」
雅紀はじっと俺を見ると恨めしそうに言った。
「あれって、大ちゃんと間接キスじゃん」