お山の妄想のお話しです。


木曜日
やはり朝弁当はなかった…
なんかもう学食行くのが苦痛になってきた。
それでもグーグーとメロディーを奏でる腹の
虫には勝てず、学食に向かった。

一歩学食に足を踏み入れて、何時もと様子が
違うのがわかった。
異様にザワザワしている。
そして皆が同じ方向をチラチラ見ている。
なんなんだ?気になっておいらも見てみた。

ザワザワの原因はあれか……
そこには6人掛けのテーブルを1人で独占す
るイケメンの姿があった。
混雑時に両サイドと前3席が空いている。
その真ん中でぶすっとした表情のイケメンが
腕組みをして座っているんだ。
何があったんだ?何時も一緒に食べている
友達はどうした?まだ来てないのか?
それにしても不機嫌そうだな、だからか周り
の親衛隊もなんだかオロオロしてるみたいだ

……おいら知ってるぞ、
「触らぬ神に祟りなし」って言葉。
イケメンのご機嫌斜めにはおいら関係ねえだ
ろうけど昨日のメンチ切りがあるからな、
関わらないのがいいんだ。

そう思って学食の注文の列に並んだんだ。
でもな、見られてるんだよ。
ごっつい視線を感じるんだ、んで、そっちを
見るとイケメン王子が見てんだよ。
最初は気のせいと思った。
でも列が進んで場所が変わっても見てるんだ
顔の向きがおいらを追うように移動してる、
自意識過剰じゃないけど絶対にイケメンが見
ているのはおいらだ。

注文した物を受け取る背中にも視線が突き刺
さる、なんだよ怖ええし意味がわからん。
振り向きたくない、でも席を探さなきゃなら
ないから体の向きを変えなくちゃ……
トレーを持って振り返ると、やっぱりバッチ
リイケメンと目が合った。

暫くの間見つめ合った後イケメンは視線を
おいらから逸らして自分の周りの空席を
ぐるりと見回した。
そして再びおいらを見たんだ。
え??どういうこと?
イケメンの瞳には希求が浮かんでいるよう
に見えた。
でもおいらにはイケメンが何を求めているの
かさっぱりかわらない……

もしや、そこに座れと?
なぜに?
学年は違うし学科も違う、まして知り合いで
もない。
だってこの学食で初めてイケメンの存在を
知ったくらいだからな。
思い当たるとしたら、やっぱ昨日のメンチ切
りしかない……

あそこに座らされて事情聴取される?
『あなたは何で僕にガンを飛ばしたんです?
明確な理由を述べて下さい』
『勘弁してくださいよ、あれは不可抗力だっ
たんです…』的な…

いや、裁判なのかも…
『不可抗力とは言い様ですね。生徒会長を睨
んだんですよ?これは反逆罪に値すると考え
ますが、陪審員の皆さん如何でしょう』
『有罪です!』
『満場一致であなたを親衛隊による囲みの刑
に処します』
…なんてなったら嫌すぎるだろ、怖~っ!

どうする?どうしよう?どうしたらいい?!
おいらの頭じゃ良い回避策が浮かばない、
動くことも出来なくて立ち竦むしかなかった

しかしそこに救世主が現れたんだ。

「大ちゃん?」
「相葉ちゃん!」

声をかけてきたのは食器を返却する途中の
中学の後輩だった。

「学食で会うなんて初めてだね!」
「おう、最近来はじめたんだ」
「そうなんだ!で、もしかして席待ち?」
「混んでるから中々座れないんだよ」
「じゃあもうすぐ友達が食べ終わるから
そこに座ればいいよ、ほら、あそこ」

そう言って指差した場所はイケメンのテーブ
ルから大分離れた席だった。

「風ぽん!食べ終わったら席譲ってあげて」

相葉ちゃんに呼ばれた友達は指でOKマーク
を作っている。

「もう終わるから、あそこ行ってて」
「あんがと、相葉ちゃん」

相葉ちゃんにお礼を言って移動する。
ホントにありがと相葉ちゃん!
感謝感激雨嵐!
これでイケメンのテーブルに着かなくてすむ
途中チラッとイケメンを伺うととても恨めし
そうな顔でおいらを見てた。
いや、そんな顔で見られてもおいら知らんし
そこに座る義務もねえ。

おいらは気付かないふりで譲ってもらった
席に座った、すると同時に「きゃあ」と女子
達の叫び声がしたんだ。
何事!?皆がそっちを注目すると何故だか
イケメン王子がテーブルにがくりと突っ伏し
ていた…

周りの親衛隊が心配そうにする中、何処から
かイケメンの友達らしき面々が現れて、
まるで慰めるかのようにポンポンと伏したイ
ケメンの体を優しく叩いている。

何故だか目が離せなくて暫く見ていると
王子がムクリと起き上がった。
その表情はさっきまでの不機嫌さはなく、
落胆した思いを表したようなものだった。

そしておいらに気付いたイケメンは悲しげな
瞳で何かを訴え掛けてきた。
どうしたんだ王子よ、おまえにそんな顔を
させたのはおいらなのか?

わかんねえ、わかんねえよ。
本当におまえなんなんだ?





その日夕飯を食べていると、母ちゃんが
来週からはお弁当を作るからと言った。
それを聞いておいらはホッとした、明日を乗
り切ればもう学食に行かなくてすむんだ。
そうすれば意味が解らないイケメンの行動に
思い煩う事もなくなる。

ただちょっと残念な気もするのも確かだ。
学食に行かなくなればあのキラキラした
イケメンを見る機会もなくなるから…
実はおいら、イケメンを遠くから眺めるだけ
でも少しだけ幸せな気持ちになったんだ。
なんだろう?この気持ち?
今まで誰にも感じなかった、心がほかほかす
るようなそんな感覚。

まさかこれって、こ……
いやバカな違うって、そんなわけねえ。

おいらは浮かんだ言葉を慌てて頭の中から
打ち消した。