お山の妄想のお話です。



※ 合鍵 ※

パパが汗だくで半分程部屋の掃除を終えた頃、
来客を知らせるベルが鳴った。

「うっそ!早いよ~さとしく~ん」

ちょっと泣きが入ってる。
さもありなん、部屋がまだこの状態じゃあね。

『お~い翔く~ん、来たよ~』

インターホンのモニターにはホニャホニャ笑顔の智が映っていた。

「智くん、あの、ちょっとね今取り込み中で…
少しロビーで待っていてくれる?」
「う?何かあったのか?」
「……いや、あの、部屋がね… 」
「  へや? 」
「そう、まだ掃除か終わってなくて…」
「なんだそんなことか、別にかまわないよ。
おいらの部屋だって片付いてないしな、とりあえず入れてくれ~」
「 わかった……」
通話を終わらせてから、パパは凄い勢いで掃除機を掛け始めた。智がここまで来る少しの間の最後の悪足掻きか?
そこまでする必要があるのかな?

ほんの数分で玄関のベルが鳴る。

「ああ、来ちゃった……」

ババは掃除機を置くと悲壮感を漂わせながら玄関へと向かって行った。


「本当に汚いよ?驚かないでね」
「部屋が汚いくらいどーってことないよ、綺麗なお姉ちゃんがいたら驚くけどさ~」
「もう、綺麗なお姉さんなんて俺の部屋に居るわけないでしょ!」
「ど~かなあ、翔くんモテるし」
「俺はあなた一筋だからね!変なこと言わないの!怒るよ!」

だんだんと話し声が近付いてくる。

「マジで汚いけど…」
「気にしないって!」

かちゃり、とリビングのドアが開いてパパと智が姿を現した。
おいらはタワーの上からにゃーと歓迎の挨拶をしたさ。

「お、くろ!久しぶりぃ」

智が床の障害物を避けながらおいらの方へ歩いてくる、おいらくろじゃないんだけど。

「綺麗なお姉ちゃんはいないけどイケメンな猫はいたな~」

おいらの頭をわしゃわしゃ撫でる。
一見乱暴に見えるけど、力加減が丁度よくて
気持ちいいんだよな。

「智くんソファーの上にいてくれる?俺速攻で掃除するから」
「なんで?そんなに汚くねえし、掃除はもお
いいだろ?」
「いや、駄目だよ。俺汚いの嫌だし、って言うか智くんが汚い空間に居るのが嫌なの!」
「ふあ?おいらの為の掃除なの?」
「………………うん」
「翔くんの部屋普段はこんなふうなの?」
「恥ずかしながら…」

「あ~、翔くん。ちょっと座ろうか」

お、何だ?智のホニャホニャ感が消えたぞ?
雰囲気もちょっと違う。柔らかくねえ。
なんちゅ~の?例えるなら缶詰の柔い飯から
カリカリの固形フードに変わったみたいな?
んん?わかんねえか?

「あのさ翔くん、おいら部屋が汚くてもいいんだよ?だって翔くんに逢いに来てるんだから。
汚くても綺麗でもここに翔くんが居るから来るんだもん」
「 うん  」
「翔くんは忙しいんだしさ、片付かなくても仕方無いよ」
「 でも…」
「それに、部屋が汚いくらいで翔くんを嫌いになったりしねえし。なんなら一緒に片付ければいいだけじゃん。な?気にすんなよ」
「 うん  」
「おいら部屋が汚くたって翔くんのこと大好きだかんな!そこ、忘れんなよ」
「う、さとしく~ん」

その言葉に感極まったパパが智に抱きつく。
智もパパの背中に腕を回しちゃって、あっつい抱擁を交わしてる。
そのうちにチュッチュッとちゅーが始まって、
おいおい、来た早々寝室に籠る気か?!
人間ってのはいつでも発情期なんだな。

そのまま寝室に誘導しようとするパパを智が止めた。

「まてまて、どこに連れ込む気だよ。先に片付けてメシ食おうや」
「せっかく盛り上がってたのに~、俺飯より先に智くんが食べたいよ♡」
「んふふ、翔くんおっさんみてー、あ、おいら達ももうおっさんか~」
「なに言ってんの、智くんみたいな可愛いおっさんいないって。それに俺だってまだまだ若いよ!バッキバキやからね!」
「んふ、どこが?」
「いやだ、さとっさんのエッチ!」

キャッキャウフフ(σ≧▽≦)σヾ(*´∀`*)ノ
2人は戯れながらも部屋を片付けていく。
おいらはタワーにだらんと寝そべってそれを見ていた。
やっぱりパパは智といる時が一番幸せみたい。
幸せの匂いがプンプンするよ、なのにどうして離れて暮らしてるんだろ?つがいならいつも一緒にいればいいのに?


「ふー、やっと片付いた。智くんありがとね」
「どういたしまして~」

一仕事終えた2人はソファーに座って休憩中。
やっぱりくっついてる。暑苦しいな。

「…あのさ、迷惑じゃなかったらおいらこの部屋掃除しに来ようか?」
「   え?!」
「おいらの方が時間に余裕があるしさ、そのまま翔くんをここで待つ事も出来るじゃん」
「それって俺が留守でもここに来てくれるってこと?」
「うん。……鍵とか貸して貰えたら……」
「………………………合鍵」

それまで笑顔だったパパが急に難しい顔で考え込んで、そんなパパの様子に智の顔も段々と不安で曇っていく。

「ごめん翔くん、今の無しにして。やっぱり留守中に勝手に入られるなんて嫌だもんな」

しょんぼりする智に気付いてパパは慌てた。

「違うんだよ、あのね、ここの合鍵は智くんに渡せないんだよ」
「やっぱ迷惑なんだ………」
「迷惑なわけないでしょ!でも、合鍵は……」
「なんだよ、もしかしてもう他の誰かに渡しちゃったのかよ?」
「どうしてそうなるの!」
「綺麗なお姉ちゃんか?それとも若くて可愛い男の子?そっか、だからこの頃逢ってくんなかったんだな……」
「あんたなんてこと言うの!そんな奴いるわけないだろ!」

さっきまでの甘々の時間が嘘のように、2人の間に不穏な空気が漂い始める……
おいらは静かにタワーを降りるとカーテンの後ろに隠れた。
おいら大きな声はキライ。だけど2人は好きだから喧嘩が酷くなるようなら止めに入らなきゃあな。
その時直ぐ飛び出せるようにカーテンの陰から
様子を窺う事にしたんだ。

「じゃあなんで?何か理由があんのか?」
「俺ね、もうすぐ引っ越す予定なの…」
「 どうして?ここ職場に近くて便利って言ってたじゃん」
「うん、ここは凄く便利な立地なんだけど2人で生活するのにはちょっと狭いから、もっと広い部屋に越すんだ」

照れ臭そうに話すパパとは対照的に智の表情は暗く沈んでいく。

「そっか、おめでとうな翔くん」
「え?おめでとうってどういう意味?」
「だって誰かと一緒に住むんだろ」
「あんた勘違いしてるよ、俺が一緒に住みたいのはあなたなの。智くんしかいないの!」
「綺麗なお姉ちゃんじゃなくて?」
「まだ言うか、そろそろ怒るぞ」