お山の妄想のお話しです。




なかなか車に来ないあおいちゃん。
何を話してるのかな?
おいらの座る場所からは翔くんの後ろ姿しか見えないけど、あおいちゃんはちょっと怖い感じがした。

翔くんのことを警戒してんのかな、自分を狙う不良グループの一員かと疑ってるとか。
おいらは翔くんのこと知ってるから不良の仲間じゃないってわかっているけど、あおいちゃんは知らないもんな。
どうしよ?その人は無関係ってここから叫ぶ?
イヤ駄目だ。おいらデカイ声がだせねえ。

暫くするとあおいちゃんの気配が何時もの優しいものに戻った。
誤解がとけたんか、よかったよかった。
なら、さっさと此処から去りましょう!
変なボロが出る前に翔くんから離れたい!

だがしかし、あおいちゃんは翔くんと話し込んでしまっている。
あおいちゃんがたまにおいらを見るたびに、手を動かして来い来いってゼスチャーするけど
全然動こうとしない。
おいらは痺れを切らしてとうとうあおいちゃんを呼んだんだ。

「あおいちゃん!」

裏声で出来るだけ女の子っぽく。
大丈夫か?バレてない?
バレないか……
だいたい翔くんおいらの声なんて憶えてないだろうし。
今日話したのだって何年振りだろ、いつの間にか翔くん声変りしてるしさ。
背も高くなってすげえイケメンになってた。

おいらの中ではずっと昔の小さくて細くて、高い声の可愛い翔くんだったのに。

翔くんが変わったのと同じ、おいらも多分成長して変わったはずだ。

おいらに全然興味もなかっただろう翔くんだから、マキがおいらだってわからないんかな……
わかんないから、マキのこと好きとか言えたんだろう。おいらだって気付いたら気持ち悪い、変態か!って離れて行くはずだし……

ぼんやりとふたりを眺めていたらあおいちゃんがこっちに向かって歩き出した。
でもすぐに振り返って、翔くんに何やら言っている。
翔くんもあおいちゃんの方を向いたからおいらからも表情がよく見えた。
驚いた翔くんの顔がぱっと変わって、あおいちゃんに笑いかける。

まるで薫風のような爽やかな笑顔だった。
あんな笑顔、おいら見たことねえや。

翔くんと離れていた時間。
おいらが知らない翔くんの時間。
あんな風に笑顔を向けるのは誰になのか?
やっぱ付き合った彼女?
かずが言ってた、翔くんはもてるって。
そんで結構多くの女の子と付き合っていたって
そりゃそうだ、あんなイケメンだもん

おいらが知らないのは当たり前か。
いいとこ幼馴染み、でも実際はそれ以下の存在でしかないもんな。

翔くんはおいらの中の邪な気持ちに気付いて、距離をとったんだろ?
気持ち悪かった?おぞましかった?
不快な気持ちにさせたんだろ
だから離れた………
それでいい、それが正解なんだよ。

嘘っぱちなこんな姿曝すのがおかしいんだ、本来はおいらから離れなきゃいけないのに。
好きって言われて、嬉しいって感情が爆発しちまった。
翔くんがマキに向けてる好意だって頭ではわかってるんだ、でもそれが都合よく変換されて
まるでおいらを好きだと言っているように聞こえるんだよ。

勘違いも甚だしい。
バカなおいら、愚かなおいら。
翔くんと話せた嬉しさから、また会いたいとか話したいとか欲が出ている…

駄目だ駄目だ駄目だ!!

好意を寄せたのが女装男子、しかも避けていたかった大野 智だぜ。
翔くんダメだよ、あんたもっと人を見定める
感覚を養った方がいい。
あんたは自分の思っている以上に魅力的なんだから、これから先野郎から愛の告白をされるかもしんねえ、そんな時そつなく断るんだろうけどやっぱり黒歴史を思い出してイヤな気分になるだろう。憎々しく思うかも。

おいらはどう思われても構わない、自業自得だし何年も前に諦めた、絶望つーのも味わった。
だから今回の事だってきっと消化できる。

でも翔くんは駄目だ。
輝かしい未来がある、相応しい人がいて幸福な時間が続いて行くんだ。
ひとつの汚点も残しちゃいけない。
その汚点がおいらなんて、身震いする程嫌だよ


マキへの気持ちはおかしいって気付いてくれ。
一目見て惹かれたなんて気のせいだよ。
頼むから真実を見極めて



あおいちゃんが隣に座った
静かに動き出す車。

翔くんがおいらに向けて小さく手を振る。
でもおいらはそれを見てみぬ振りをした、
それがおいらの決意。

もう会わない。
おいらがマキだとバレる前に姿を消すんだ。
そうしたら、黒歴史じゃない。
ただの少し興味を引かれた女の子で終われる。