お山の妄想のお話です。




数日ぶりに帰った我が家
玄関の扉を開けるとぼくの天使さまが満面の笑みをたたえて出迎えて下さいました。

「しょく~ん、おかえりぃ」
「うう、さとちゃんっ逢いたかったよおお」

感動の再会です。
ぼくはさとちゃんに抱きつくと、くんかくんかと肺いっぱいにさとちゃんの甘い匂いを吸い込みました。
ああ、なんて馥郁たる香り……
あちこち嗅ぎまわると、ぼくの鼻息がくすぐったいのかさとちゃんはきゃきゃと笑います。
さとちゃんの匂いと可愛い笑い声、抱き締めたあたたかい身体、もうずっと張り付いてイチャイチャしていたい。
いっそ溶け合ってひとつになりたい♡
なっちゃう?いやまだお互い早い!
なんて、至極真面目に考えているとさとちゃんがにこにこしながら言いました。

「しょくん、ちょーだい」
「         !!!        」

なななななんと!?ちょ、ちょうだいって!
マジで?いいの?あげるよ!たーんとあげる!
さとちゃんにぼくの大きな愛をそそいであげる!!

「おみあげ、ちょうだい」
「          !!!        」

今までの人生で一番興奮しましが、これまた人生で一番の勘違いでした……
考えてみれば純真無垢のmy sweet angelがそんな卑猥な言葉を言うわけがありません。
ぼくは自分の穢れた思考に身震いしました。
……が、思春期だし誰もが通る道です。
人としてのマナーを守れば天使さまも御許しくださるはずです。
たとえば借りたDVDをなくしちゃったり、
その内容が『団〇系』だったとしても、それくらいならギリOK、しょうがないなって笑って許してくれるでしょう。
さとちゃんは天使さまですが菩薩様のように慈愛に満ちているのですから。

「………なぁい?」

ぼくがあれこれ考えている間に、さとちゃんはお土産がないと思ってしまったらしくしょんぼりしてしまいました。

「あるよ!さとちゃん!」

慌ててさとちゃんに虫かごを差し出しました。

「 はっぱ?」
「ちがうよ、葉っぱの下に隠れてるの。下から覗いてみて」

さとちゃんの頭の上まで虫かごを持ち上げて
見えやすくすると、底でもそもそ動く物を見つけたようです。

「だんごちゃん!」
「さとちゃんダンゴ虫好き?」
「だあいすき!」

その言葉にほっとして『はい、どうぞ』と虫かごを渡すと、さとちゃんはすぐに中からダンゴ虫を取り出して小さな手のひらに乗せました。
小さな可愛い手のひらの上の黒いやつ。
あ、これは大きい方のダンゴ虫だな。
そいつはさとちゃんの手の上で異様な存在感を放っています。

「かあいいねぇ~」
「うん、可愛い♡」

ぼくには黒いやつなんかより、それを愛おしそうに見つめるさとちゃんの方が数億倍も可愛く感じます。
ダンゴ虫のおかげでさとちゃんの喜ぶ顔がみれたのでぼくはとても満足し、ダンゴ虫に感謝さえしました。
なのに、ダンゴ虫に夢中になったさとちゃんはつついて丸くしたり手のひらの角度を微妙に変えてもぞもぞを散歩させたりと、ひとり遊びを始めてしまい、ぼくの存在は忘れ去られてしまったのです。
さとちゃん、と何度呼び掛けてもダンゴ虫に夢中で答えてくれません。
………くそう、ダンゴめ……
ぼくは敗北感に打ちのめされ、荷物を片付けるためにすごすごと自室に向かいました。

傷心のまま荷物の片付けをしていると、廊下からとてとてとさとちゃんが走る音がしました。
足音はぼくの部屋の前で止まり「しょくん……」と、さとちゃんの声がします。

ぼくがいなくて寂しくなったのかな!
うふふ、さみしんぼだなさとちゃんは。
やっぱりぼくじゃなきゃダメなんだね♡
先程までの落ち込みが嘘のように浮かれた気分でドアを開けると、そこには澄んだおめめに涙を溜めたさとちゃんが立っていました。

「さとちゃんどうしたの?!」
「だんごちゃん……」
「ダンゴ虫がとうしたの?」
「いっちゃった……」
「え?どこに?あ、逃げちゃったの?」
「ちやうの、いっちゃったの」
「??どこにいっちゃったの?」
「  ここ   」

……さとちゃんが指差したのは可愛いお鼻でした。え?行っちゃったって?鼻に?
ダンゴ虫が鼻の穴に入るなんて到底信じられませんが、さとちゃんが嘘をつくはずがないのです。

「さとちゃん、ほんとにお鼻なの?」
「  ん  」

こっくりとさとちゃんは頷きました。
おめめの涙は今にも零れそうです。

「お、おかあさぁぁぁぁん!!」

ぼくはさとちゃんを抱き抱えキッチンに猛ダッシュし、そしてお母さんに鼻のダンゴ虫の話しをしました。

「まあ大変!」

お母さんはさとちゃんのお鼻の、ダンゴが入ってない方の穴を指で押さえると言いました。

「さとちゃんお鼻で力一杯息をはいて」
「   ん   」

さとちゃんはふー、ふー、と言われた通り息をはきます。力み過ぎて可哀想にお顔が赤くなってしまいまいた。
ぼくもさとちゃんを励ますために横で一緒に息をはきました。
ヒッ、ヒッ、フー
ヒッ、ヒッ、フー
間違えました!これはラマーズ法でした!
ぼくが子供を産むわけではないので無痛分娩法は全く関係ありません。
さとちゃんは苦しそうに息をはきます。
この時ぼくは子供の出産に立ち会った父親のような無力感をあじわいました……

何回か試しましたがさとちゃんのお鼻からダンゴは出てきません。
お母さんはさとちゃんを小脇に抱えると

「耳鼻科に行ってきます!」

と、保険証を掴み飛び出して行きました。
デジャブ?!前にもありました!
そしてまたまたぼくはさとちゃんの一大事に同行できなかったのです。



to  be  continued




「って、おいつ!まだ続くんかいっ!」
「そうなんです、続くんです」
「残酷な未来はどうなったんだよ!」
「残酷な天使のテーゼ、悲しみがそしてはじまるんです」
「いや、それヱヴァン〇リオンだよな?!
なんの意味があるんだよ」
「残酷な天使の与えた命題なんです」
「全然意味がわからんわ!もう帰ってくれ、さっさと下校しろ!」
「なぜですか!まだ先生との話もぼくの天使さまのお話しも終わってないんですよ!」
「お前と話すと疲れるんだよ!」
「疲れるって!どう言う事ですか!ぼくは
『俺のコンビニのような存在でいてほしい』なんて言ってませんよ!」
「だからぁ!なんじゃそれっ!!」