お山の妄想のお話です。
教室に戻っても俺のにやにやは収まらなかった。
頭の中は既にホワイトデーのことでいっぱいだ
先生に何を贈ろう
定番のクッキーとか
駄目だろ、子供っぽい。
そこは俺の本気度をアピールする場面だし。
やはり画材?
先生の綺麗な指を彩るリングはどうかな?
内緒で自分の分も買ってペアリングにするのもいいかもしれない。
色々と考えるのが楽しくてしかたない。
昼休みになってもにやにや…
そんな上機嫌な俺を不審がり、また友人達が集まってきた。
「なんか凄く機嫌良いけど、どうしたの?」
「まさか、本命さんにチョコ貰ったとか?」
「そんな時間あったか~?それに何にも持って来てないし」
大切なチョコは誰にも見つからないように鞄の中に隠してある。
「残念ながらチョコは貰ってない。でも少しだけ良いことがあったんだよ」
チョコを貰ったなんてばれたら相手は誰だと詮索し始めるだろう。
もしそれが先生まで行き着いてしまったら大変な事になる、先生を守る為なら嘘も方便だ。
「お前が凄くにやにやしてるから女子達が本命からチョコを貰ったのかもって騒いでるぜ」
確かにクラスの女子達がこちらを伺いながらざわついていた。
「そんなのあいつらに全く関係ないじゃん」
「本気でそう思ってる?」
「思ってる」
「櫻井は変なとこで鈍いんだよな~」
友人達が心底呆れたという目で俺を見る。
「お前の本命の情報が無さすぎて、『櫻井君の本命ってもしかしたら私かもぉ』って思ってる女子が大勢いるってこと」
「 ……まじか 」
そういう勘違いは勘弁してほしい。
思いがけない幸せな結果で俺のバレンタインは
終わったんだ、だから煩わしい事は御免だ。
「自分に自信のあるやつはお前にチョコ渡しにくるんじゃないの?」
「我こそ本命ぞ!下々の者は控えおろう、みたいな」
「時代劇かよ!」
バカな話しで騒いでると担任に呼ばれていなかった友人が戻ってきた。
何だか楽しそうに寄ってくる。
「ちょっと聞いてくれよ~」
「なんだ?」
「今さ、担任の用事で理科室まで行ったんだけど、なんか3階がワイワイ煩くてさ~」
「3階?美術室とか音楽室がある?」
「どうかしたのか?」
美術室という言葉につい反応してしまう。
「そう。んで、何だろうって階段上がって覗いてみたんだよ」
「あ~普段誰もいないから滅茶苦茶静かだもんな、そりゃ気になるわ~」
そう普段は誰もいない、大野先生以外は。
先生は授業がない時でも準備室にいる。
絵を描いていたりぼ~っとしていたり、職員室より長くいるって笑って言っていた。
「そしたら大ちゃん先生が美術室の前で先輩達に囲まれてたんだよ」
「 !! 」
「なんだよ~大ちゃん先生も女子からチョコ貰ってたのかよ~」
「あれ?でも先生達はバレンタインチョコ持ち込み禁止令出してたよな?大ちゃん先生貰って大丈夫なの?」
俺は頭を殴られた様な衝撃を受けた。
そう、今日はバレンタイン。
先生だって誰かから贈られる可能性がある。
まさか先生受け取ったりしてないよね?
友人が言うとおり、学校はバレンタインチョコの持ち込みを禁止しているし。
「違うんだよ、大ちゃん先生を囲んでたのは男の先輩でさあ、俺それ見てヤバい大ちゃん先生危ないって思ったんだけど何だか先輩達も先生もほわほわ笑ってたから大丈夫かなって、そのまま放置して来ちまった」
頭の中に先輩達に取り囲まれる先生の姿が現れる。
大柄な先輩達に囲まれた先生。
和やかに談笑していても何かの拍子に事態は急変するかもしれない。
先輩達の不興を買って間合いを詰められて ……
そうなったら先生に逃げ場はない。
そんな場面を想像して血の気が引いた。
「本当に大丈夫なのか~?」
「大丈夫だろ、大ちゃん先生人気者だしさ」
「ばか、人気者だから大丈夫じゃないんじゃね?今日はバレンタインだぜ~大ちゃん先生
先輩達に迫られてるんじゃないの?」
「そっか、大ちゃん先生可愛いいもんな」
「ええ~、じゃあさっきの状況まずかったのかなぁ」
「別の意味であぶないと!」
「ははっ、いくらなんでも男が男に集団で告白はないだろ。大丈夫だよ」
友人達はふざけて盛り上っているが俺は其れ処ではない。
男が先生に告白、
大いに有り得るだろう
今度は一気に頭に血が上った。
「大丈夫なわけないだろ!!」
「わっ、いきなりどうした!」
「櫻井!どこ行くんだよ!」
友人達の声を背にして教室を飛び出すと美術室めがけて全速力で駆け出した。
途中何人かから声を掛けられた気がするが全部無視して走った。
先生に危害を加える奴は誰だって許さない!
頭の中はただそれだけだ。