巨大さつまいもが出現した。
我が家の家庭菜園である。
借り農園の中には、
草ひとつ生やさない畑もあれば、
うちみたいな草ぼうぼうの畑もある。
いつも成績の良くないうちの畑も
(たくさん穫れる事に重きをおいてない)、
年に一度は鼻高々になる。
さつまいもの季節である
。
さつまいもは、やせた土地でも穫れるもの。
ワイルドなうちの畑で育ちたい放題だ。
甘いさつまいもが食べれたら、それでええねん♪。
サンキュ!という雑誌が好きで、
たま~に買っては何ヶ月もヘビーに使いまくる。
料理のレシピ。重曹の使い方。節約方法。。。
私はベネッセ好きなのだ♪。
メーカーにいた時、
商品送付の依頼がベ社からちょくちょくあった。
商品撮影のためである。
また、使用モニターも行っていた。
他社からは、
画像と商品特長をメールや電話で依頼される。
たまに商品について質問がある。
とにかく忙しい部署だったので、
メールは効率的だったが、
わたしが読者だったらベ社の雑誌を読みたいと思った。
当時はペットブームにのって
雑誌が次々と創刊され、
動物をぬいぐるみのように扱うものがでていた。
その中、ベ社の誌面には
命を扱う責任感のような、誠意を感じた。
去年の冬は、
サンキュ!の『100円台おかず ほったらかしレシピ』を
ひたすら繰り返す日々。
アレンジ自在だし、楽しいのだ。
この冬も、同じレシピでヘビーローテーションや!
(ベ社の方、新たに買わずにごめんちゃい)
むかし黒猫とマルチーズを飼っていた。
猫好きの私は、
友人のシャム猫の子供をもらった。
犬好きの父は、
知人のマルチーズの子供を同じ時期にもらってきた。
小さい頃から、転がりじゃれあって遊んでいた2匹。
大人になると、
マルがしっぽをふりふり黒猫を追っかけ、
かるく猫パンチであしらわれる。
というパターンになった。
ある日、目の前の公園に
大型犬が放された(当時は大らかな時代)。
父も呑気にうちのマルを放してしまった。
博愛主義のマルは大型犬に近寄る。
すると大型犬があま噛みしたのか、
マルが『キャン!』と叫んだ。
疾風のように駆けだしたのは、うちの黒猫である。
大きな犬に猫パンチをくらわせた。
大型犬も応戦する。
すると猫を守ろうと、
今度はマルが激しく吠えながら犬に向かっていった。
飼い主が大型犬をおさえて事なきを得たが、
父と私はあっけにとられてそれを見ていた。
一瞬の事だった。
酒を飲むたびに、
父は誇らしげにこの話をしたものである。
今でもこの2匹を思い出すと、
愛しい気持ちでいっぱいになる。
胃が痛い。チョコたべすぎた。
なんで必要以上に食べるかなー。
チャリンコで出かけたら気持ちいい風が吹いている。
いつもならパッと気分壮快。
なのに今日はなかなか気が晴れない。
なんでかなー。
わたし調子悪い?
不安なつもりはないけど、
先が見えない事に疲れ出したかな。
いやいや。
ホルモンバランスちゃうの。
調べもので立ち寄った図書館で、
夜間中学の生徒さんの作品展をやっていた。
90歳で亡くなったという女性の絵画に釘付け。
とても美しい野菜の絵だ。
収穫した野菜じゃなく、
畑に植わっている姿が、平面上にのびのびと楽しげに描かれていた。
とてもやさしい絵と、その方の厳しい半生。
苦しみを吸いこんで、
やさしい絵画を生み出したその方の写真が、
笑顔でそっとこっちを見ていた。
あたし甘えてるんちゃうの?
あかんやーん!
かわいそうなくらい方向オンチな私は、
車ではナビ様の助けが必要だ。
今日もナビ様と友人宅に向かった。
しかしナビ様は、
曲がりようのない四車線の道を右折するよう私に指示する。
仕方なく私は、しばらく行った先を曲がってみた。
その後は迷路に迷いこんでぐるぐるぐる、、、
この前来た道にどうも行きつかない
、、、
電話で助けを呼ぶと、
友人は息を切らせて駆けつけてくれた。
友人が大好きなシフォンケーキを売るお店に行き、
その店主さんと方向オンチ談義で盛り上がった。
その方も私と同等のようだ。
同じ悩みを共有できるのは心地いい。
大阪の八尾で食事をしたのは初めて。
山本駅周辺は、ほのぼのしたにぎわいの商店街で、
感じ良いブティックや飲食店がある。
おいしいパスタを食べ、スウィーツでシメた。
とても居心地の良い店だった。
友人が買い物やおしゃべりを楽しむ地元で、私も一時を楽しんだ。
明日のパンを買ったり、
花屋の花を眺めたり、
魚屋さんをのぞいたり、
スーパーの野菜や果物で季節を感じたり。と
何気ない日常の買い物が好きである。
人間らしい暮らしをしてる感じがするのだ。
何気ない日々を、東北や福島の方に返したい。
何ができるか悩むことをやめずに
一歩進みたいのだ。