ん?
父の声に応えた自分の台詞兼、声で目が覚めた。とはいえ、夢にはしっかり出てきていた。私は何故か高校の終業式当日、雨戸を閉めて薄暗闇の布団の中。28まで住んでいた今は跡形もなき借家の自室という家族の寝室である。スマホを見れば朝9:35でありとっくに遅刻ではないか。前日は倦怠感に発熱という仮病を使い、母に連絡してもらいつつ有意義なサボりをしたが、流石に成績表は貰いに行かねば長期休暇中の課題がわからなかったり、自分が面倒になるなと踏んで行く予定ではいたのだが…寝過ごし遅刻の事実を作ってしまった現状はもうめんどくさいなと、寝起きから気分はどんより。さぁ、なんと言い訳をしようか?と頭はフル回転を始めた。その矢先に"釣る"の一声。「行ってやってもいいぞ?」送っていってくれるのかと思えば、なんと荷物持ち帰りと成績表受け取り…つまり、私の代わりをしてくれるご提案咄嗟にまた思案した。昨日欠席している+(プラス)で遅刻では、行けば目立ってしまう。更には担任に"遅刻の言い訳"をせねばならぬし、クラスメイトには"一日で治るはずもなき病みあがり"という役者も更なる嘘も重ねて演じねばならない。ステージは自宅に帰るまで続くわけで、一旦外に出れば完璧に演じきらねばならない。これはかなり面倒極まりないではないか。壁に耳あり障子にメアリー…どこで誰が見ているなど分からないのだから、誰もいなくとも病み上がりで辛そうに歩く姿の役を演じ切らねばならない。私はダルそうな病人の声で返した。「行ってくれるなら助かるけど…」そして目が覚めた。自分の声で( 'ω' )思い切り寝言を盛大に声に出したな〜と。時計を見れば、まだ夜中の3時半ばである。は?なんだ、全然遅刻などしていないではないかwここまで考えて、おや?となった。そもそも何故今更私は学生なのだと(笑)しかもその時代にスマホはおろか携帯などないし、あったとしても持たせてはもらえなかったであろうなと。あぁ、、、それに父が居るわけはないのだ。しかも母が欠席を赦しあんな居心地良い仮病おサボりでの自宅風景などあるわけもなく、かつ代わりに電話など120%あり得ない。私が作った現在の家庭の当たり前は、本当に自分が親にして欲しかった、こんな親なら、周りならもっと幸せだったのに…と渇望していた環境である事に改めて気がついた。母に今でも言いたいし、本当はわかって欲しかったのだ。私の考えを。良い親よりも、子の判断に余計な口は出さず全てを理解しながらもサポートできる親であること。これが私が選ぶ在り方で生き方だ。と。思考も意見も平行線な人間が生き残り、更なる足引きをする、受け入れねばならぬ世知辛さ。味方からこの世を去っていく。私は孤独でありながら出会いには本当に恵まれている。だからまるで孤独を感じた事はない。父もこうだったのであろうなと、ふと思った。酒でもお供えして差し上げよう。。