お金持ちの奥さんは


働いていないけど、


当然だと思っているから


自分にお金をかけることが出来る。


心屋仁之助さんは


そのようなことを仰ったと思うけど、


お金を惜しみなく自分に


遣えることだけが


幸せではないんだなぁ、


と思った。


土台がしっかりして


本当の意味で


自分の価値を知っているからこそ、


生きたお金の遣い方が出来る。


自分を否定したままでは、


罪悪感を持ちながら


言い訳して遣ったり、


それを隠すために


相手を悪者にしたりする。


これくらい遣ってもいいじゃない、


私は大変な思いをしてきたんだから、


私は頑張ってるんだから、


当然でしょう?って、


自分を正当化して


誤魔化している。


自分には力がないと思っているから


可哀想な自分を演じ続ける。


自分のことを当たり前に


大切な存在だと知っている人は


お金で紛らわさなくても良いし、


目の前の人のことも


大切にしているから、


お金も大切に扱える。


お金を自分の価値の


上げ下げに遣わない。


お金はダミーってそういうことか、


ってよく分かった。


お金も人間関係も何もかもが、


結局のところ


大元は自分の尊厳。


過去の記憶に囚われて、


自分には価値がないと


思い込んでいるから


何かを足そうとする。


人に認めてもらおうとする。


外側のもので


自分の価値を測ろうとする。


逆に


自分はこのくらいで十分って


いい加減なもので満足しようとする。


与え過ぎて受け取れない。


現実がうまくいかないように


見えるのは、


本当の自分がこれは自分じゃないって


言っているから。


魂に上下はない。


誰一人、尊厳のない人はいない。


何を持っていようと無かろうと


何が出来ようと出来なかろうと


今どこで何をしていようと


違いはない。


本気でそれが欲しければ、


やりたければ、


出来る。


ただ華やかなものに


惑わされているのか、


世間体に囚われているのか、


それが自分の本当の望みなのかを


見極めるには


自分が何者かを


知らなければならない。


ちゃんと心の声を聴く。


本当は何が好きで


何が嫌いか


自分が自分に聴く。


まずは尊厳を取り戻す。


何もない、寧ろマイナスに


思えるような自分にこそ


尊厳はある。


生まれた時点で既にある。


どこに生まれようと


何がなかろうとある。


あると思い出すだけ。


誰かに大切にしてもらえなくても、


当たり前に大切な存在だから


生まれて来たと


気づくだけ。