Kengoさんの著書「自然の法則」を


購入した。


紙面で言葉を追うことで


更に理解が深まった。


どんな出来事にも敵はおらず


解決の鍵は自分の中にある。


自分を被害者にしないで


力を取り戻すためのバイブルって感じ。


その中に


もともと自然界には優劣も勝ち負けもないって


書かれていた。


だから不自然だったんだって


腑に落ちた。


誰と競うことも比べることもないのに


勝手に自分を上に置いたり下に置いたりして


人の評価ばかりに気を取られて


緊張しっぱなしだった。


振り返ってみれば


数々の大きめの嫌なことがあった。


それだけ緊張していたということ。


怖かったんだよなぁ。


やっと終わったって


ホッとしようと思ったら


車を擦り、家の修理に、病気が再発口笛


何が何だか分からなくて慌てた。


余程自分にガッカリしていたらしい。


無職で旅行に行く罪悪感か?って


ビビりながらも強行突破、


妹と遠出した。


一晩中眠れなくて


江ノ島の灯台を見つめていた。


平家びいきの癖に


鶴岡八幡宮に参るってどうよ?って


思いながら引いた御神籤は凶口笛


その言葉が難しくて


薄ぼんやりとした頭で


何となく理解したのは


自分の信念が大事なんだって。


目の前の光も出来事も幻なんだって。


そんなようなことだった。多分…。


兄に褒められたい一心で功績を上げた義経は


逆に疎まれ果てた。


勝つことの哀しみみたいなものを感じながら


茅の輪くぐりで祓ってもらったら


翌日は別の神社で大吉口笛


紫陽花が見事で


オマケにハスまで咲いていて


梅雨のさなかでもほぼ降らず


目一杯詰め込んだ予定をこなし


帰りは崎陽軒のシュウマイ弁当で


旅行気分を満喫した。


お金の不安や健康の不安、未来の不安は


ないとは言い切れないのが人間よなぁって


身に沁みて思う。


心に描く思いが現実を創ることも


嫌と言うほど知っているのに


それでも怖がる自分がいる。


ドタバタ劇に一喜一憂しすぎ。


まだやり足りないらしい。


苦笑しながら


それでもこのままでいいよって


自分に言おうと思う。


怖がったり、罪悪感でモヤモヤしたり


それはまだ、体験したいということ。


急いで終わらせなくていい。


自分が理解するのはもとより


同じように道に迷う人の為にも


現実が整っていなければって、


自分を煽っていたんだろうと思う。


人の為ほど怪しいものはないのに。


結果を急ぎすぎた。


仕方ない、人より経験が35年も遅れている。


それでも実家まで2時間の高速を


車とナビのお陰で無事帰って来られた。


ありがたい。


戦国時代でもないのに


無駄に戦うこともない。


自分との戦いを終わらせて


そろそろ緩ませてやりたいけれど


気が済むまで


その声を聞き続けようと思う。


気長に育て続けようと思う。