電話の着信音で沙耶は目を覚ました。


「沙耶、俺、約束忘れてるの?」


「あっ、ごめんなさい。


帰って来ちゃった。」


「寝てたのか?


調子悪いのか?」


「大丈夫、ここのところ忙しかったから。」


「沙耶、無理すんなよ。」


「ありがとう。


寝てればすぐによくなるから。


今日はゴメンね、約束破って。」


秀は沙耶が強そうに見えて本当はそうで無いことを知っていた。


助けて欲しい時も助けてと言えない、辛くても辛いと言えない、そんなところもちゃんとわかっていた。


でも、何がそうさせたのかを聞くことが出来なかった。


秀は、同じ出版社に勤めている。


海外留学にやって来てそのままこの国に残った。


倉田 秀、二十六歳。


ここに来て八年。


人当りもよく誰からも好かれている。


彼とは食事をしたり映画に行ったりの付き合い。


会社に入って初めてできた友人。


最初のうちは言葉が思うように通じなくて困ったことはあったが、それも時間が解決してくれた。


友人もできた。


でも、ここにいる沙耶はいつも少しだけ無理をしていた。


ニセモノの自分だと思っていた。


あの日、飛行機から降りた時からずっと・・。


そんな中で秀は少しだけ『素』の自分に戻れる相手だった。


だけど気持ちにブレーキをかける自分がいた。


自分のことを何も話さない秀に対しても無理に聞き出すようなことはしなかった。


沙耶も、自分のことを詳しく話したことは無かった。


映画に行ったり食事をしたり、他人から見ると二人はきっと恋人同士に見えるだろう。


秀は、自分と似ている、そう思うようになっていた。


沙耶がずっと隠し続けているモノを、一緒にいると一瞬ほんの少しだけ感じることがある。


大切な何かを置いてここにやって来たとか、何かから逃げてやってきたのか、それはわからないけれど。