「そんなこと心配しなくていいから。」


「あれ?


眠ってたんじゃないの?」


「俺、知ってたんだ。


もうずっと前から。


確かなモノは何も無かったけど、遠い過去の記憶を整理すると、いつも同じ疑問にぶつかる。


でも、はっきりとした事実を知ることが怖かった。


だからずっとそのままにしていたんだ。


沙耶だけには知らせたくないと思った。


多分、父さんも母さんもそう思っていると感じたから、俺は聞かなかった。


結局、知ってしまったんだな。


その時が、早いか遅いかの違いでしかなかったんだな。


俺は沙耶の前からいなくなったりしない。


今までと何も変わらないさ。」


「知ってたの・・。」


「ああ・・。」


馨は静かに頷いた。


「そうだったのか。


やっぱり馨はすごいよ。


こんなこと知っても顔色一つ変えないで私と向き合っていたんなんて。


嫌味で言ってるんじゃないよ。」


「沙耶、俺はそんなすごい人間なんかじゃないよ。


オマエはいつも俺のことを買い被り過ぎている。


俺もバカだから、そんな沙耶の期待に応えられるように頑張っていただけのことだ。


心でずっと気にかかっていても確かめられずにいた俺の気持ちは、きっと誰にも理解できないだろう。


勿論、沙耶の気持ちは俺にはわからないけど。」


「私の気持ち?


いろんなこと考えて、泣いて落ち込んで・・そして吹っ切れた。


だから大丈夫。


ゴメンなさい、心配かけて。」


沙耶は笑顔を見せた。


「じゃあ、今まで通りだな。


何もかも。」


馨はそう言いながら沙耶の心の中を思っていた。


事実を知って受け止めた。


そしてそれを乗り越えて生きることを決めたのだろう。


だけど、心の傷なんてそう簡単に消えるモノじゃない。


沙耶は静かに笑って見せたが本当はまだ泣いているのだろう。


代れるモノなら代ってやりたい。


自分がこの家の人間でないなら、どれだけ気持ちがラクか知れない。


不可能だが・・。


「私、一人で暮らそうと思うんだ。


会社の近くに部屋を借りて・・。」


「それって、吹っ切れてないってことだろ。」


「前からそう思っていたの。


ただ、言えなかっただけ。」


「ここから出て行くなんて言うなよ。


俺の傍にずっといればいい。」


つい、言ってしまった。


自分の心を悟られたのではないかと馨は一瞬思った。


今、言ってはいけない。


男として沙耶を愛しているのか、兄としてなのか、その境目が見えない。


二人の距離は遠い昔からずっと同じなのだ。