「お待たせしました。
テーブルへどうぞ。」
沙耶はホッとした笑顔を見せながらそう言った。
「まあ、本当に上手なのね。」
テーブルの真ん中に飾られた花が料理を一層引き立てる。
「本当だな。
それではいただくとしようか。」
「はい。」
「美味しいですよ、本当に。
レストランで食事をしている気分だわ。」
婦人はとても嬉しそうに微笑む。
「喜んでもらえて私も嬉しいです。
もう少しここに置いてもらおうかな。」
「沙耶、暖かくなったらまた来ればいい。
畑にはチュウリップをたくさん植えているから見においで。
帰ろうという気持ちがあるうちに戻らないと、今度は戻れなくなってしまう。
ここでずっと暮らすのも悪くないと思ってしまったら、戻れなくなる。
ここはとても良いところだが、そんな怖さも持っているところだ。
わかるよな。」
主人が静かな口調で言った。
食事を終えて片づけを済ませた後も、三人はテーブルを囲んで話し込んでいた。
ここに初めてやって来た頃の話や、子ども達のこと、そして今の生活について。
今だから懐かしそうに話す二人だけど、きっと当時は大変だったのだろうと沙耶は思っていた。
そして二人は最後までどうしてここに来たのかその理由を聞きはしなかった。
聞いて欲しかったわけではないが、それが不思議だった。
その日の朝も、昨日の朝のように寒い朝だった。
太陽がもう少しで顔を出しそうなのだが、今はまだ曇りだった。
「ありがとうございました。
お二人とも身体に気を付けてくださいね。」
「暖かくなったらまた来るといい。
沙耶・・。」
主人は何かを言おうとして、次の言葉を飲み込んだ。
沙耶は何となくではあったが、彼が何を言おうとしていたのかわかったような気がした。
そして、なぜ黙ったのかも。
ほんの数日間のここでの日々が沙耶の心を静めた。
辺り一辺の銀世界。
この静かな大地が沙耶の心を受け止めた。
言葉が無くても風の声が聞こえる。
誰もいなくても、どこまでも真っ白に輝く広い世界がある。
どうしょうもなく荒れ果てた心に冷たい風が吹き込む。
とてつもない強さとともに・・。
ここに来ることで何かがわかることを期待していたのではない。
あの家に居るのが辛くてただ出て来ただけだった。
問題の答えなんて一生見つからない、そう思っていた。
このまま、誰にも何も告げずにどこかに行ってしまうことも考えた。
だけど今、自分のいた場所に帰ろうとしていた。