章吾は『Primrose』にいた。
麻衣の哀しい事故のニュースを知り、すぐにここに向かった。
麻衣を知っている人と話をしていたかった。
一人では耐えられそうにない大きすぎる突然の悲しみだった。
遥の時だって一人で抱えたわけじゃない。
遥と二人で抱えた悲しみだった。
章吾は自分の弱さをよく知っている。
「・・・。」
店の中に入っても言葉が出ない。
声を出すと泣きだして止まりそうにない。
「キミがやって来るような気がしていました。」
そう、マスターは章吾が来ると思ったから、こうやって店の照明を付けていた。
表には『CLOSE』の札が下げられている。
おそらく章吾はずっと我慢してここまで来たのだろう。
そう、あの時のように・・。
カウンターの向こうには章吾の表情とさほど変わらないマスターの姿がある。
少し濃いめの水割りが喉のもう少し奥のあたりで熱くなる。
言葉のないまま時間は流れる。
章吾が静かに口を開いた。
「残りの時間がどれくらいか知るのも辛いけど、突然というのも辛いですね。」
「だけど、それを選ぶことはできませんから。
結局、納得して生きるしかないんですよ。
自分の一日一日という時間をね・・。
そういう意味じゃ、彼女はちゃんと生きてましたから・・。
私はきっと笑っていると思いますよ。」
「何で、ドイツなんかに行ったんだ。
大事なたった一つの命を失くすことになってしまった。
僕はまだ草野さんと話がしたかったし、本もたくさん書いて欲しかった。
子供なんて・・。」
「私は全てが彼女らしいと思います。
なぜドイツなのかはわかりませんが、少し離れてみたいと思ったのでしょうね。
事故のことは仕方がないです。
諦めるしかありません。
キミだって同じ場所にいれば、きっと助けていた。」
「まあ、そうかもしれませんけど・・。
山村さんは、大丈夫でしょうか?」
「そうですね、多分自分を責めているでしょうね。
彼女がドイツに行ったのは自分のせいだと・・。
時間はかかるかもしれませんが、きっと自分の力で立ち上がると思います。
彼女が、深く激しく愛した男なのですから。
彼女が傍にいたことで彼は今までやって来れたのだと思います。
二人はそういう関係をとても大事にしていましたからね。
これから先、山村さんが現実を受け入れて生きて行く覚悟ができた時、大きな男になるはずです。
だから、私は心配していません。」