あれから二週間が過ぎた。


今までの生活と真逆の毎日。


時間を忘れたように書き続ける日々。


涼介は黙って見守って来た。


麻衣が食事もそこそこに済ませ、あまり眠ることもせずに書いていることは知っていた。


生き生きとした姿を見て、声をかけることを止めた。




麻衣の帰国が近づいていた。


物語は大体出来上がっていた。


ここまで出来ていれば帰って手直しをしても余裕で間に合いそうだ。


「涼兄、ありがとう。


大体できたし、私、帰ることにするよ。」


「仕上げなくていいのか?


日本が恋しくなったか?」


「・・・。」


「最後までここで頑張ったらどうだ。」


涼介は麻衣にここに留まることを勧めた。


麻衣のために。


自分の帰る場所を持つことは大切なことだし、素晴らしいことでもある。


だがそこは逃げ場所ではなく新しく歩き始めるためのスタート地点でなければならない。


生きている間には何度も分かれ道に立つことになる。


そんな時、前を向いて歩くためにも今、麻衣はここで書きあげるべきだと思ったのだ。


麻衣は少し考えてこう言った。


「わかった、それもそうだね。


ここで書きあげる。


もうしばらくお世話になります。


そうだ、涼兄に頼みたいことがあるんだけど・・。」


「何だ?


俺にできることか?」


「一緒に日本に帰ろうよ。


どうせお正月には帰って来るつもりなんでしょ。」


「まあな。


それだけか?」


「これがちゃんと書きあがったら、最初に読んで欲しい。」


「俺が?」


「そう。


涼兄のおかげで書けたから。


こんなにいろいろ真面目な話したこと無かったよね。


私は私で涼兄にコンプレックス感じていたから。


嫌いだったわけじゃないよ。


遠かっただけ。」




きっとこの物語を読んだ誰もが今までと違うことを感じ取るだろう。


だが、麻衣が自分のことを書いていると思う人はいないだろう。


涼介だけが知っている事実だ。


「麻衣、読んだよ。


オマエは自分ことを書いたと言ったが、半分くらいは俺にも思い当たることがある。


俺への応援のつもりか?」


「ちょっと違うな。


私が私に『がんばろう』って言ってるの。


そして涼兄も。


それにこの話を読んでくれる全ての人に対して・・。


誰もが心の中にもう一人の自分がいる。


その両方と上手く付き合っていかなければ苦しくなる。


そのことを私は経験したからね。」


「麻衣、三日後に日本に帰ろう。」


「うん。


お母さんに電話しておくね。」


涼介の心に麻衣の生きることへの姿勢がはっきりと見えた。


アイツと出会ったことは忘れたいことではなく、大事にしたいモノなのだ。


自分で選んで歩いてきたからこそ後悔しないでいられる。


どんな結末になっても。


いつの間にか麻衣はこういう人間になっていた。


涼介はそんな妹を誇りに思っている自分に気が付いた。