「はじめまして。
遠藤 美緒です。
急に電話なんかしてすみませんでした。
一度会って話がしたかったものですから。」
意地の悪そうな人でなくて良かった。
この人か・・、尚の心を動かしたのは。
思ったよりも落ち着いている自分に麻衣は驚いた。
小柄で可愛い人。
そう思った。
真黒く長い髪を一つに束ね耳の後ろで結んでいる。
珍しくピアスをしていない人。
爪は綺麗に切り揃えられていて、マニキュアはしていない。
右手の薬指にリングが一本。
それとお揃いのペンダントが胸元で輝いている。
薄い水色のワンピースが清楚さを感じさせる。
「長い間一緒に暮らしている女性がいることは知っていました。
彼はそのことを隠したことはありませんでしたから。
仕事の仲間に対しても、私に対しても。
でも、好きになって行く気持ちはどうすることもできませんでした。
いつも一緒にいることに慣れてしまうと、離れていることが耐えられなくなりました。
いつの間にか自分のことだけを考えていました。」
「それが普通だと思いますよ。」
「彼と別れるって本当ですか?
私は、単純に喜びました。
でも、彼はまだ迷ってる。」
「あなたはこんなことを言うために私に会いに来たわけじゃないでしょ。
言ってください。
『彼と早く別れて。』って。
私の気持ちはもう決まっているから。
尚が決めることです。
こんな言い方、卑怯かもしれませんね。
恋愛なんて壊れる時はどちらか一方の意志でいいんです。
もうダメだと思って、これ以上修復が不可能だと感じた時。
尚と私が別れるのは、あなたのことが原因の全てだとは思わないでください。
あなたは尚が好きなんでしょ。
それでいいじゃないですか。」
年上の人に対して少し生意気なことを言ってしまった。
いつの間にか自分の世界に入ってしまってることに気が付いた。
いろんな人の心を想像してしまう。
かなり正確に。
自分たち三人の場合、大半の人が麻衣の味方に付き、残りは尚と美緒を応援する側、麻衣を責める側。
今、麻衣は彼女の気持ちも理解することができた。
「なんだか冷めてますね。
ドキドキしながらここへやって来た私が、ただのバカみたいです。」
「じゃあ、私が『尚は絶対に渡しません。』そういえばよかったですか?
私は、ずっと前から気づいていました。
もっと言えば、他に好きな人ができたってことも。」
麻衣は紅茶にミルクを注ぎ一口飲んだ。
彼女のコーヒーはもう冷めてしまったようだ。
「どうして黙っていたの?
私にはできない。」
「そうですか・・?
私は聞ける人の方が少ないと思います。
本人に聞かなくたって、わかってることなら聞けないと思います。
今の関係を失う覚悟ができてれば別だけど・・。
あなたと私の立場は真逆ですから。」
「彼よりも仕事を選んだそうですね。
私は何よりも彼を選ぶ。
あなたの気持ちに負けてるとは思っていませんから。」
「そうですか。」
麻衣は何も言わなかった。
彼女も必死なのだ。
経過はどうであれ尚を愛していることは本当らしい。
私だって彼を愛している、心はそう叫んでいたがその言葉を飲み込んだ。
それは多分、別れようと話をした時、全てを捨てたのだ。
二人で過ごす時間、二人で綴る様々な未来全部を・・。
美緒は心の中で麻衣に会ったことを悔やんでいた。
尚を愛してるという気持ちが自分の中で激しく燃え上がると思っていた。
例えば麻衣の鋭い言葉や行動に対して。
でも、実際は違ってた。
麻衣は冷静で純粋だった。
だからと言って尚を忘れられるとか諦められるとかそういう事とは違う。
尚のいない毎日何て考えられない。
もう戻れない。
「ごめんなさい。
私、もう行かなきゃ。」
そう言って麻衣は席を立った。
「私の方こそ、忙しいのに時間とってもらってありがとうございます。」
あわてて美緒は言った。
「じゃあ、失礼します。」
美緒は今、自己嫌悪の塊だった。
自分がこんな女になっていることが怖かったし嫌だった。
心のどこかで思っていた。
自分の方が彼女よりも勝っている。
だから彼が自分を選んだんだと。
その自信も麻衣の静かな態度で全て壊されてしまった。
彼女に勝てるモノなんて何一つない。
このうぬぼれた貧しい心くらいなものだ。
周りを気にせず今日まで尚と暮らしてきたけど、これって意味のあることだったのだろうか。
もし、自分が彼女の立場だったら、あんな風でいられたはずがない。
麻衣の後ろ姿に今も変わらず尚を愛していることが感じられた。
同じ男を愛したのだ、それえくらいのことはわかる。
もうやめよう、こんなことを考えるのは。
知らんふりをして、このまま今まで通り尚を・・美緒は気持ちをそう向けることにした。