今、尚には一緒に暮らしている女性がいる。
遠藤 美緒、三十一歳。
尚のいる事務所に勤めている。
一見、物静かに思われてしまうのだがよく気の利く明るい人物だ。
結婚を意識しなかったことが今まで独身でいる理由のようなものだ。
男たちは勝手なことを言いながら生きている。
若い頃は、自由でいたい、まだまだ遊びたいなどと言いながら、三十を過ぎる頃から結婚をして家庭を築き子供が欲しい、そう平気で口にする。
組織の中で既婚者だと言うことが人間として独り立ちしていることの証明の一つにでもなると思っているのだろう。
最初は、友人としての付き合いだった。
尚には一緒に暮らしている人がいることも知っていた。
美緒自身、尚とこんな付き合いになるなどとは思ってもいなかった。
仕事の上に成り立つ付き合いだった。
仲間たちと食事に行ったり、飲みに行ったりしているうちに美緒は自分のプライベートなことを相談するようになった。
尚を信頼できる友人だと認めたのだ。
男と女の友情。
これが上手くいくようで壊れやすい。
美緒にもわかっていた。
尚をこれ以上自分の心の中に入れてはいけないと。
だけど、気持ちを止めることができないほど好きになっていた。
無理して尚を避ける行動が、今度は尚の心を美緒に向けさせる結果となってしまった。
美緒の心の中には、尚の彼女に悪いと言う気持ちもあった。
それより激しい思いが育っていた。
尚が好きだという思い。
一緒に暮らしている人がいても構わない。
傍にいたい。
気持ちはどんどん大きくなる。
そんなある日のこと・・。
仕事が終り変える支度をしている途中、明日もここで・・・ということになった。
二人はそこに足止めさせられた。
勿論、その日に泊まる場所は手配してもらったが、二人の間に重苦しい空気が流れた。
そのまま別れるには時間が早すぎた。
どちらからとなく・・・、
「食事を一緒に。」
「一杯飲まない?」
そういう話になった。
尚は何気なく美緒に訊ねた。
「この前の話の彼とは上手くいってるの?」
「もう別れたの。
これ以上付き合っていけないことがわかったから。」
「どうして?」
尚が聞く。
「どうしても。」
美緒は黙った。
その顔を覗き込んだ尚には美緒が何を言いたかったのか読み取ることができた。
「俺のせいか?」
半分は冗談、もう半分は本気で言った。
美緒の返事によってはどちらでも対応できるように。
「・・・・。」
美緒は何も言わなかった。
ただ、じっと尚を見つめた。
それが美緒の答えだった。
「俺の気持ちは今、美緒に向かっている。
だけど、全部ってわけじゃないんだ。
それでもいいか?」
「そんなこと、最初からわかっていたことだから。
今更考えて止められるものでもないよ。」
その夜、美緒は尚の部屋に泊まった。
こんな日がいつか来るかもしれないと予感していたわけではないが、美緒の心は落ち着いていた。
尚ならいい。
尚に抱かれたい。
そんな気持ちが自然に生まれた。
尚は激しく美緒を求める。
今の自分にできる限りの気持ちをぶつけるように。
尚の細く長い指は、美緒の白く柔らかい肌の上を踊る。
美緒もそれに応えるように尚の背中に腕を回す。
これほど愛されたことは今までに一度もない、そう思えた。
今まで何度か経験はしてきた。
だからと言って忘れるほどたくさんの人とそういう関係になったと言うことではない。
ただ、尚との夜はとにかく一番だった。
最高だった。
美緒の今まで抑えてきた気持ちが一気に爆発した感じ。
諦めようとした気持ち、消し去ってしまいたい心、それが全部弾けた。
美緒はこれから先、誰に何と言われてもいいと思った。
心は当然、身体も四六時中尚を欲しがった。
目を閉じるだけで、頭の中に浮かび上がってくる。
どうしょうもない。
尚は、麻衣に対する罪の意識と美緒への思いの板挟みになっていた。
麻衣にすまないという気持ちはあった。
けれどそれは美緒への思いが熱くなるにつれて薄れていった。
そしていつの間にか、心の中に美緒が大きな存在として居るようになった。