「周平は自分からは言えないよ。
周りのことや、いろんなことを考えるから、自分から手を伸ばすことをしないんだ。
のぞみに付き合ってる相手がいるとしたら余計に・・黙って自分が去る。」
「周平、知ってた?
そんな話はしてないけど。」
そう言った時、あのデッサンに書き足された哲也の文字を思い出した。
「どうかしたか?
いつか周平は言っていたよ。
『俺は自分の気持ちを持たずに生きてきた。
だから人の気持ち何てモノも考えたことは無かったんだ。
だけど今、陸とのぞみの気持ちだけはわかるようになった。
例えば隣にいるだけで・・。
自分でそう思っているだけかもしれないけど。』
って・・。
もしかしたら、周平はのぞみを諦めてドイツに戻ったのかもしれない。
周平は欲しいものをどうしても手に入れようって気持ちを持ってないんだ。
自分が我慢することで上手くいくならそれで良いと思ってる。
だから、のぞみを抱き寄せることができないんだろう。」
「陸と周平は相手のことをよくわかっているね。
時々、思っていたよ。
この2人は本当は1人の人間じゃないかって・・。
神様が私に意地悪をしているんだろうって・・。」
「なんだよ、それ。
それより、そんなに飲んで大丈夫か?
寝るならベッドで休めよ。」
「これ位、平気。」
そういう声が震えている。
「泣くなよ。」
陸は隣に座り肩を抱く。
「どうしてかな、私が泣くと陸はこうやって傍にいてくれる。
ずっと小さい頃から変わらず。
やっぱり少し眠ることにする。」
「ああ、それがいい。」
陸は静かな夜に身を預けたまま、グラスの中の氷を見つめている。
のぞみと周平と自分、18のまま時が時が止まっていれば、きっと楽しかっただろう。
だが、現実はそう都合よくいかない。
一番大切なモノをずっと上の方に置いて、日々の暮らしの中で大事なモノを1つ1つ作り、それを増やしながら生きてきたのか?
何か無いと前に進めないことをまるで知っていたかのように・・。
自分も2人と変わらないのかもしれないと、この時初めて気が付いた。
元気よくドアが開く。
「おはよう。
陸、今日は休みでしょ。
映画、行こうよ。」
サンダルを脱いでリビングに駆けてきたリサは一瞬自分の目を疑った。
そこに女の人がいたから。
テーブルに並んだトースト、目玉焼き、サラダ、コーヒー。
キッチンには綺麗な人が立っていた。
・・そう、あの似顔絵の人。
「嘘つき・・。」
リサはその一言を残して部屋を出た。
「早く追いかけなきゃ、陸。」
「俺にはリサを追いかける資格は無いんだ。」
「何言ってるの、急いで。」
「何て言えばいいんだ。
今、何を言ったってリサを傷つけることに変わりはない。」
「そんなこと言ってないで、早く。」
陸が追いかけようとしないから、のぞみがリサの後を追った。
彼女はエレベーターの前で泣いていた。
陸が来るのを待ちながら・・。
だけど、やって来たのはのぞみだった。
エレベーターの扉が開き2人は乗った。
「少し話していいですか?」
マンションの向かい側にあるカフェに誘った。
2人は紅茶をオーダーし、リサが静かに話し始めた。
「もう、いいんです。
私達は上手くいかない。
彼と付き合い始めて3年になります。
彼の隣に相応しいのが自分じゃないことは、わかっていました。
ただ、彼を好きな気持ちはずっと私の中にありました。
諦めることが出来ずに今まで歩いてきました。」
「正直に話します。
彼と昨夜は一緒に飲んでいました。
久しぶりの再会があまりに嬉しくて懐かしくて飲みすぎて眠ってしまいました。」
「信じます。」
「ねえ、戻りましょう。
映画に行くんでしょ。」
のぞみの言葉は不思議とリサの気持ちを静めた。
いま、この人に『陸があなたを選んだのよ。』そう言われたら、無条件に全てを信じられそうな気がした。
「陸、私は帰るね。
ありがとう。
元気でね。」
まるでもう会うことが無いような口調だ。
「ああ、のぞみも。」
「うん。」
静かにドアが閉まる音がした。
「映画、何時から?」
「今日は、やめようよ。」
リサが言った。
「あの人が『陸』って呼ぶの、すごくいいね。」
「そうか?
そんな風に考えたこと無いけど・・。
幼稚園の時からずっと一緒だったからな。」
「歴史があるんだね。」
「そんな大袈裟なモノじゃないよ。」
「陸、さっきの2人、すごく似合っていたよ。
嫌味じゃなくって、そう思った。
あの人でしょ、似顔絵の人。」
「ああ。」
「陸、これ返す。」
預かっていた合鍵を手のひらに乗せた。
少し驚いた顔を見せた陸。
「陸、さよならだよ。
今までありがとう。
そんな顔しないで。
私は大丈夫。
陸も気づいたでしょ。
彼女が何よりも大切だってこと。
だから、さっき追いかけてこなかった。」
「ゴメン。
でも、あの時の言葉は嘘じゃない。
本当にリサとやって行きたいと思ったんだ。
昨夜、彼女の涙を見て思ったんだ。
俺のいなかった8年間、嫌なことや哀しいことにぶつかった時、こいつは独りで泣いていたんだろう・・って。
学生時代、友人達は彼女のことを『泣かない女・強い女』そう言った。
だけど俺は知っていたよ、泣き虫だってことを。
泣くまいとして我慢しても涙があふれる。
俺に気づかれまいとしているのがわかるんだ。
のぞみの最後の涙を見たのは、周平、ほら似顔絵にもう1人男がいただろ、アイツがドイツに発った時だった。
俺達はまだ18だった。」
「話してくれてありがとう。」
「リサには聞く権利があると思ったから。」