「どうぞ。」


カギを開け、右手で合図する。


暗い部屋に明かりが灯る。


「すご~い。


広くて落ち着いた部屋だね。


それに、キレイに片付いてる。」


「母さんみたいのこと言うんだな。


あっ、どこでも好きなところに座ってて。


いま、氷を持ってくるよ。」


「じゃあ、私はグラスを・・。」


「テレビの横のサイドボードの中。」


「わかった。


陸と、こんな風にお酒を飲むなんてこと、想像したことも無かったな~。」


そんな会話をしながら何種類もあるグラスの中から気に入ったものを3つ選んだ。


「陸、ピアノいいかな~。」


「どうぞ。


のぞみ弾けたっけ?」


「少し習ったの。


周平が初めて聴かせてくれた『あれ』、ショパンの『革命』これしか弾けないんだけどね。」


「ごめん、俺、やっぱりシャワー浴びてきていいかな?


汗かいちゃって気持ち悪いから。」


「うん。」


周平と親しくなって初めて家を訪ねた時、リビングの黒いグランドピアノがとても印象的だった。


陸と2人で何か弾いて聴かせてくれとせがんだ。


「これっきりだからな。」


そう言ってこの曲を聴かせてくれた。


理由もなく涙が頬を流れた。


今でもはっきりと覚えている。


冷たくてやるせなさが音の向こう側に見えた気がした。


それでも周平のピアノが好きになった。


今とは全く違った周平のピアノが・・。


「陸、キッチン借りてもいい?


冷蔵庫の中のモノ食べちゃってもいいんでしょ?」


「どうぞ。」


のぞみの料理の腕前はすごい。


たまに弁当を作って持ってきてくれたり、3人のお別れパーティーだと言って彼女の家でご馳走になったりもした。


どこで習ったのかとか、誰に教わったのかとか問い詰めるオトコ2人に涼しい顔で、


「愛情のスパイスが入ってます。」


そう冗談でかわす。


陸が着替えを済ませてやってきた時、ソファーの前の低いテーブルには幾つかの『つまみ』が並んでいた。


レタスやトマトやキュウリは鮮やかな彩りでサラダに姿をかえた。


多分、このまましおれて捨てることになるだろうと諦めていた、母が庭で栽培したという自慢のほうれん草は、ベーコンと一緒にバターで炒められている。


冷凍庫でカチコチに固まっていたステーキ肉もジャガイモと仲良く並んでいて食欲をそそられる。


少し前にお好み焼きを食べて満腹だったはずなのに・・。


「相変わらず、上手いな。」


「ありがとう。」


用意された3つのグラスを目にすると不思議と心が落ち着く。


「いつかまた、こやって3人でテーブルを囲む日が来るかな~。


ずっと3人一緒にいることが当たり前だと思っていたから、周平が1人ドイツへ行ってしまった時、全部が終わった気になった。


だけど、今日、グランドで陸に会って感じた。


私達はずっと一緒だったのかもしれないって。


周平と、この前会って思った。


陸と周平でなきゃダメだって。


そして今も同じこと考えてる。」


「この前、周平と飲んだ時もグラスは3つ出ていた。


そして、のぞみのことを話した。


俺達のことを話した。」


「私はずっと思い出の中にいるだけなのかな。


3人で同じ未来に向かう図は存在しないの?


周平は無いようなことを言っていた。


陸はどう思う?」


「俺にも見えない。


のぞみ、付き合ってるヤツいるんだろ?」


「うん。」


俺は、彼女と暮らそうと思ってるんだ。」


3人一緒の未来を大事に抱きしめていた。


はっきりと約束をしたわけではないし、勝手な思い込みだと自分に言い続けてきた。


それでも、、心の奥の一番隅っこの小さなところで信じていた。


この時、その全部が崩れていく音が聞こえた気がした。


「のぞみ、いつもメールくれていたんだな。


ずっと気が付かなかった。


ゴメン。」


「そんなことないよ。


陸と向かい合うことから逃げたくせに、陸を自分から切り離すことができなかった。


一方通行で陸と何かで繋がっていたかった。」


「もしかしたら、周平はのぞみの気持ちち近いところにいるんじゃないかな。


この曲を聞いた時、そう思った。」


そう言いながら、周平の創った曲が書いてある譜面をのぞみに渡した。


そして、続けた。