あの頃、、陸はいつもグランドを走っていた。
サッカーに魅せられてからずっと。
相手チームの選手に脚をかけられて倒された時も、次の瞬間、起き上がってまた走っている。
何が陸をそこまでさせるのか理解できないが、教室の窓から眺めていた。
「陸、脚は大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけないだろ。
見ろ、こんなに腫れてる。
心配してくれるなら、ほら、カバン持ってくれると助かるんだけどな~。」
「カバンって言ったって、大した荷物じゃないだろ。
それくらい持ったって持たなくたって変わりはしないよ。
なあ陸、あんなに最初から最後まで走りっぱなしで、よく疲れないな。
途中、少しくらい緩くしてれば楽にいられるのに。」
「周平にあの時の気持ちを伝えたいけど、上手く言葉で説明できない。
誰のためとか、何のためとか、そういうんじゃないんだ。
笑うかもしれないけど、そこにボールがあるから・・って心境なんだ。
『もう走れない。』って頭で思っていても脚が動いている。
走ってるんだ。
終了の笛の音を聞くまでずっと。
言葉にならない満足感が生まれる。
それが俺の財産だと思っている。
今も、そしてこれからも。
どんな仕事をするのか、今はまだ何も決めていないけど、どんな時も諦めないでいたいと思ってるんだ。」
「そうだな。」
周平は陸の真剣な眼差しに心を奪われた。
陸はこんな話も照れずにする。
相手が真面目な答えを待っている時にふざけるようなことはしない。
外の空気が少しずつ冷たくなってきたある日の午後、2人の姿がグランドにあった。
陸と一緒に最後まで走りぬくことが出来たら、ドイツに帰って1人でやって行こうと秘かに決めていた。
自分を試してみよう。
自分の強さに対面してみよう。
「周平、どうした?」
「ランニング、一緒にいいかな?」
「それは構わないが、大丈夫か?」
「多分・・やれるところまで、やってみるさ。」
体育の授業で10キロまでは走ったことがあった。
だけど、それ以上、苦しくて辛くてどうにもならないところに自分を置きたかった。
「わかった。
じゃあ、外を走ろう。」
「ああ、任せるよ。」
2人は握手を交わし走り始めた。
陸は校門を出て山道を走る。
スピードはそれほど速くない。
周りの景色を楽しめる程度。
イチョウ並木を駆け抜けるころになると、すれ違う人も少なくなった。
2人の呼吸と地面を蹴る靴の音。
それを迎えてくれるのは、そこまでやって来ている冬に負けまいと、その覚悟をした落葉樹の列。
陸はいつもと特別何かが違っているという様子もない。
今日は1人じゃない、それが違うだけ。
周平は陸の姿を見ながら黙々と脚を交互に前に出す。
息が苦しくなってきて、脚の疲れも感じてきた。
「もう少しだ。
ガンバレ。」
そう短く言った。
(負けない)
そう弱い自分に言いながら、周平も走ることを止めない。
のぞみが風邪で休んでいてちょうど良かった。
きっとアイツがいたら、こんなこと出来やしなかっただろう・・ふと頭をよぎる。
気が付くと、呼吸の辛さも脚の痛みも消えている。
身体が慣れたのか、違う自分を感じた。
陸の走り続ける理由がほんの少しわかった気がした。
確かにそうだ。
走る意味なんてない。
道があるから・・、そんな気持ちになる。
「サンキュー。
陸のおかげでイイ経験ができたよ。」
「そうか。
また一緒に走ろうぜ。
別のコースがあるんだ。
次はそっちを行こう。」
「俺、卒業したらドイツに戻る。」
「そうか。
寂しくなるな。
のぞみには話したか?」
「いや、まだだ。」