「なあ、のぞみは?
陸、会ってないのか?」
「あの日、周平を見送った後、2度くらいは会ったかな~。
もう6・7年は会ってないんだ。
そう言えば関空のエスカレーターですれ違ったことがある。
でも、のぞみは気づかなかったよ。
俺は出発前だったし、のぞみは帰って来たんだろう、大きな袋を幾つも持っていたから。」
「あのさ、陸はのぞみと・・、そう思っていたんだけど、俺の勘違いだったの?」
「周平こそのぞみを・・。」
「ああ、正直に言うよ。
陸と会わなければ、当然のぞみと知り合うことも無かった。
それに、初めから2人は付き合っていると思っていた。
だから、心の中で大きくなっていく思いを違う感情にすり替えた
友人の彼女として、のぞみを見た。」
周平は心の何処かでいつも思っていた。
『かけがえのないモノは作らない』と。
両親は特別仲が悪かったわけではないが、ああいう答えを選んだ。
本人同士は満足だったのだろうが、5歳の周平には哀しい思いがあっただけだった。
お互いの才能を伸ばすことを望み、自分の才能を強く信じる2人だった。
今、考えてみると、あの2人に世間でいう幸せはそれほど意味のあるものではなかったのだろう。
幼い周平が両親と楽しそうに笑っている自分と同じ年頃の子供たちを、どれだけ羨ましく思っていたかなんて、考えもしなかっただろう。
誰かに何かを求めたり期待したりすることは、その先に思いがけない哀しいことが待っているかもしれない・・そんな後ろ向きにしか物事を考えられなくなっていた。
陸という人間が、周平にとって特別な存在になっていた。
心の全部を見せたとまではいかないが、半分くらいは見せていただろう。
そして残りの半分にとても拘っている。
その部分があったから、自分が今までやってこれていたことを知っていたから。
「俺はずっとのぞみと一緒だったからな。」
「ああ。」
学園の中にいても周平は自分の世界の中にいた。
クラスの中でも陸と話す以外はずっと黙っていたし、独りだった。
そして、その陸にいつもくっついて離れないのぞみが周平の友人になった。
陸は太陽のような人間だった。
これほど喜怒哀楽を表現する人間に今まで会ったことがない。
クラスメートとの意味のない会話でさえ、陸は本当に楽しそうに笑う。
9割は勝っていた試合をものにできなかった時のあの悔しそうな顔、のぞみの家で飼っていた犬のサリーが死んでしまった時、泣きじゃくるのぞみの肩を抱きながら、陸の目からもこぼれ落ちるものがあった。
2人はずっと一緒だった。
幼いころからずっと。
のぞみは陸の後をずっと追ってきたのだ、
そして陸は、後ろを駆けてくのぞみを気にかけながら過ごしてきたのだろう。
静かで穏やかな横顔を周平はいつも見ていたような気がする。
多くの言葉を交わさなくても、それだけで不思議と優しい気持ちになれた。
「なぜドイツに?」
「あの家での暮らしが俺をとても疲れさせた。」
学園を卒業して周平は独りドイツへ戻った。
独りで暮らすこと、しかも遠い外国。
そのことを母親はひどく心配したが、周平はどうしてもと譲らなかった。
13年ぶりに暮らし始めた親子3人での暮らしが、ひどく窮屈でたまらなかった。
何かを強制されるわけでもなかったが、気を遣われていることが独りドイツに戻ることを強く希望させた。
独りの寂しさを通り過ぎたら、独りが自由で快適だと感じるようになった。
周りにいる人と付き合うことは周平の神経をとても疲れさせるのだ。
結局、日本にいたのは9月から3月の卒業までの半年間だけだった。
ココでの生活に馴染むには時間が少なかった。
もうしばらくココで暮らしていれば、それなりに自分のペースをつかめたかもしれないのだが、周平は見切りをつけた。
今までの人生をそうやって過ごしてきた
物心付いた時、父と2人ドイツにやってきた時、既に周平の周りは他人ばかりだった。
広い屋敷には周平のほかに家の中の世話をするためにやってくる婦人がいるだけだった。
「確かに、俺たちはずっと2人だった。
周平と出会うまでは。
だけど、あの半年がそれまでの17年間よりもはるかに重かった。
大事だと思えた。
多分、のぞみも同じだと思う。
俺にしか見せないのぞみの弱さを周平も気づいていたんだろ?
ずるい言い方かもしれないが、俺はどっちでも良かったんだ。
のぞみが周平を選んだとしても、これまでと何も変わらない自分で2人と向かい合うことができる自信もあった。
勿論、俺を選んでくれたら、その気持ちに応えるつもりだった。
のぞみに任せたんだ。
俺は、逃げたんだよ。
結局、のぞみはどちらも選ばなかったんだ。」