「陸、お疲れ。」
「お疲れ。」
「これからみんなで美味いものでもどう?」
「さっきの話のヤツと約束してるんだけど・・、ちょっとだけ行こうかな。」
「そうこなくっちゃ!
オ~イ、陸も行くってさ。」
『新年会』何かと理由を付けては、皆で飲むのだ。
この時期は特に多い。
陸は、こんな仕事仲間達との付き合いも楽しんでいた。
仕事だとは言っても4年も付き合っていれば友情が育ったりするものなのだ。
誰かが、
「カニが食いたい!」
そう言ったから、今日はカニ鍋に決まった。
この前は焼き鳥だったし、その前はちゃんこ鍋だった。
こんな気の良い仲間と仕事ができることを幸せなことだと思っていたし、感謝の気持ちも持っていた。
物事をあまり深く考えるタイプではなかったが、人生の節目に立つ時いつも思っていた。
こんな気楽な付き合いも、これから先は手にすることができないかもしれない・・と。
それでも陸は、新しい生活の場所でいつも『それ』を手にしていた。
カニカニと騒いでいた仲間達も、ひとしきり黙々とそれを口にし、少しばかり腹も満足したのだろうか、さっきまで静かだった部屋の中が賑やかになってきた。
「みんな、ゴメン。
俺、もう行かなきゃ。」
「そうだな。
そいつにヨロシク。
じゃあ、またな。」
「ああ。」
店の外は多くの人で賑わっている。
あちこちで新年会でもあったのだろう、ふつりあいな集団が多い。
きっとこれから、
「お疲れさまでした。」
と、言葉が交わされ、それぞれ気の合う仲間と飲みなおすのだろう。
陸は急いでタクシーに乗りマンションに向かった。
周平は既にやって来ていた。
マンションの植え込みの側の階段に座ってタバコをふかしていた。
「ゴメン、待ったか?」
「少し。」
「中に入ってれば良かったのに・・。
寒いだろうが。」
「もう少し待って戻って来なければそうしようと思っていたんだ。」
「行こう。」
「仕事、いいのか??
こんな時間に帰って来ちゃって・・。
俺のことなら気にしなくてイイのに。」
「そうはいかないよ。
今日、会わなければこの次いつ会えるかわからないんだから。」
「なんだよ、それって・・。」
「忙しいのは、陸も同じだろ。」
「周平、腹減ってないか?」
「俺は、ホテルで済ませて来たよ。
陸が、食べてくるって言ったから。」
「じゃあ、飲むとするか。」
「ああ。」
周平は、思わず吹き出してしまった。
何がそんなにおかしいのかと、陸は周平を見たが、そのあと大声で笑った。
「俺達、正月にも今と同じこと言ったよな。」
二人の声が重なった。
高3の夏、周平はドイツから日本に戻ってきた。
通い始めた学園の同じクラスに陸はいた。
あの頃の周平は今とは雰囲気が違っていた。
誰とも深くかかわらない。
いつも独りでずっと遠くを眺めていた。
高3の夏休み明けともなると、生徒達は他人のことを構っている余裕など持っていない。
進学する者達は、受験という言葉に少しばかり神経質になっている。
そんな場所に1人くらい知らない誰かが加わったところで、ライバルが1人増えたくらいにしか考えない。
カッターシャツに何ともあか抜けないネクタイを締めグレーのスラックス。
もう少し、どうにかならなかったのか・・と生徒の大半が思っていた。
それでも昔からの黒の詰襟に愛着も無く、3年前に全学年がこの制服にそろった。
誰もが口をそろえて言う『その』制服を格好よく着ている周平だった。
無造作に緩められたネクタイがわけもなく決まっている。
他の人が真似してもダメ。
それは、だらしないだけ。
サラサラの髪の毛は、美しい二重の瞳をわざと隠しているかのように長い。
時折それを左手でかきあげる仕草が女の子の視線を釘付けにする。
女子生徒達は不満を口にしながら、自分達で少しでもよく見えるように改良を重ねていた。
どんな状況にいても彼女達の想像力は健在だ。
・・・3年にドイツ帰りの子が入って来たんだってよ。
・・・ハーフじゃないらしいけど、この辺にはちょっといないよ、ああいうタイプは。
そんな中で周平が唯一言葉を交わす相手が陸だった。
例えば、
「じゃあな。」とか、「次の体育はグランドだってよ。」
そんな程度のことではあったが。