「秘する花を知ること。秘すれば花なり、
秘せずば花なるべからず」
--------------------------
以前にも書いたのですが、
この言葉がとても好きです。
中学生の時に知ったのですが、
それ以来、よくつぶやいています。
『徒然草』の無常観と、良く似ていると思います。
現代社会では、『秘する花』は、
努力や、見えないところでの頑張りな気がします。
努力している人ほど謙虚だったり、
それを当たり前として、淡々と積み重ねていきます。
だからこそ、内に秘めたパワーの強さに惹かれて、
人が集まってくるのだと思います。
--------------------------
--------------------------
秘する花を知ること。
秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。
この分け目を知ること、肝要の花なり。
そもそも、一切の事(じ)、諸道芸において、その家々に
秘事と申すは、秘するによりて大用(たいよう)あるがゆゑなり。
しかれば、秘事といふことをあらはせば、させることにても
なきものなり。これを、「させることにてもなし」と言ふ人は、
いまだ秘事といふことの大用を知らぬがゆゑなり。
まづ、この花の口伝(くでん)におきても、「ただめづらしきが花ぞ」と
皆知るならば、「さてはめづらしきことあるべし」と思ひまうけたらむ
見物衆の前にては、たとひめづらしきことをするとも、
見手(みて)の心にめづらしき感はあるべからず。
見る人のため花ぞとも知らでこそ、為手(して)の花にはなるべけれ。
されば、見る人は、ただ思ひのほかにおもしろき上手とばかり見て、
これは花ぞとも知らぬが、為手の花なり。さるほどに、人の心に
思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり。
例へば、弓矢の道の手だてにも、名将の案・計らひにて、
思ひのほかなる手だてにて、強敵(がうてき)にも勝つことあり。
これ、負くる方のためには、めづらしき理(ことはり)に化かされて
破らるるにてはあらずや。これ、一切の事、諸道芸において、
勝負に勝つ理なり。かやうの手だても、事(こと)落居(らつきよ)して、
かかるはかりごとよと知りぬれば、その後はたやすけれども、
いまだ知らざりつるゆゑに負くるなり。
さるほどに、秘事とて、一つをばわが家に残すなり。
ここをもて知るべし。たとへあらはさずとも、
かかる秘事を知れる人よとも、人には知られまじきなり。
人に心を知られぬれば、敵人(てきじん)油断せずして
用心を持てば、かへつて敵(かたき)に心をつくる相なり。
敵方(てきはう)用心をせぬときは、こなたの勝つこと、
なほたやすかるべし。人に油断をさせて勝つことを得るは、
めづらしき理の大用なるにてはあらずや。さるほどに、
わが家の秘事とて、人に知らせぬをもて、生涯の主になる花とす。
秘すれば花、秘せねば花なるべからず。
------------------------------------
現代語訳
------------------------------------
秘密にすることで生まれる芸の花を知ること。
秘密にすれば花であり、秘密にしなければ花にはなれない、
ということだ。この分かれ目を知ることが、花についての肝要だ。
そもそも、すべてのこと、もろもろの芸道において、
それぞれの専門の家々で秘事といっているのは、
それを秘密にすることで大きな効用があるからだ。
だから、秘事を明らかにしてしまうと、大したことではないものだ。
秘密にしていることを「大したことでもない」と言う人は、まだ秘事と
いうことの大きな効用を知らないからだ。
何はともあれ、この花の秘伝においても、「ただ珍しいことが花なのだ」と
皆が知っていれば、「それでは何か珍しいことがきっとあるだろう」と
期待しているような観客の前では、たとえ珍しいことを演じたとしても
能の観客の心に珍しい感じはしないだろう。
観客にとっては、花というものがあるのを知らずにいてこそ、
能の演者の花となるはずだ。
だから観客は、ただ意外におもしろく上手な演者だとだけ感じて、
これは花だとも知らないのが演者の花なのだ。
であるから、人の心に予期しない感動を起こさせる手段、
これが花である。
たとえば、兵法の道の手だてにおいても、名将の考えによって
意外な方法で強敵にも勝つことがある。これは、負けるほうに
とっては、珍しさの道理にだまされて敗れたのではないのか。
これは、すべてのこと、さまざまな芸道において勝負に勝つ
道理だ。このような方法も、事が落着して、こういう計略だったと
知ってしまえば、その後は計略に引っかかることもなくたやすいが、
まだ知らなかったから負けたのだ。そういうわけで、秘密のこと
にして一つのことを自分の家に残しておくのだ。
これによって次のことが理解できよう。たとえ他人に知らせない
としても、それだけではなく、何か秘事を知っている人だということ
すら知られてはならない。他人に心の中を知られてしまうと、
相手が油断せずに用心するので、逆に相手に注意をさせる結果となる。
相手が用心しないときにこちらが勝つのは、何と言っても容易だろう。
相手に油断させて勝てるのは、珍しい道理の大きな効用ではない
だろうか。そのようなわけで、わが家の秘事として他人に知らせない
ことによって、生涯の主となれる花とするのだ。
秘密にするから花なのであり、秘密にしなければ花になることはできない。