プロフィール
力強い左四つを武器に長く活躍。敢闘賞1回、金星3個を受賞した。一度も休場せずに38歳まで取り続けた。
経歴
青森は名門五所川原商から近畿大、同じ経歴の伊勢ヶ濱の下に入門した。前相撲からのスタートだが実績に違わぬ出世ぶりで所要1年半で関取に。十両も4場所で突破し平成23年7月新入幕。幕内定着には苦労したが、3度目の入幕後の平成25年3月は11勝で上位進出。まともな相撲なので上位力士には歯が立たなかったが、26年後半から上位定着しはじめ、27年1月鶴竜から初金星。7月には新三役。28年7月には1横綱2大関を破って10勝。生涯唯一の三賞を得て、翌場所は関脇に昇進した。これをピークに徐々に後退。三役では勝ち越せず、在位3場所に終わった。中位が定位置となった令和以降も大崩れせず、3年1月には2枚目で9勝して三役復帰に迫るなど3年半前頭一桁をキープ。さすがに30代後半になった5年からは下位で推移したが、6年9月には8年ぶりの二桁勝利を記録。7年に入ると5場所連続二桁黒星を喫して幕下陥落が決定的になり引退。
取り口
ポパイ的なガッチリした体格で、頑なに左をぶつけていくガチガチの左四つ。腰が重く、腕力を活かした左の突き付け、右の絞りでジワジワと寄っていく。一気の出足はなく、まともな相撲なので横綱大関には分が悪いが、左を抜いての右突き落としが強く、時に逆転で上位を食った。白鵬にも33連勝の前後に2勝。
分析
二桁勝利が少なく目立った実績には乏しいが、タフに長らく上位でも活躍。通算連続出場は1398回で、歴代6位。幕内連続出場は990回で7位。1000回まであと1場所だった。幕内78場所。安美錦、日馬富士に鍛えられ、照ノ富士を引き上げて伊勢ヶ濱部屋の最盛期を支え、錦富士、尊富士に青森勢の系譜を託した。
昨年引退した碧山といい、宝富士といい、幕内上位で安定した成績を残すほど目立った活躍が少なく、三役や三賞の機会に恵まれない損な役回りの典型。全盛期に怪我や大敗で番付が乱高下した力士の方が、三賞や三役を狙いやすいというシステム上の犠牲とも言える。碧山以上に晩年期も安定しており、実力以下の番付に落ちる機会が少なかったため、三賞1度きりという結果になった。十両時代も含め二桁は5回という少なさは、本人の責めに帰すべき所もある。千秋楽二桁をかけて敗れること10回(4勝)。
余談ながら、地味ながら幕内上位での9勝でも、内容を見て三賞候補に挙げるような仕組みも、奨励の目的のためには必要だと思う。
力士データ
本家サイト「大相撲パラサイト」の力士データで宝富士の推移を振り返ろう。
筆者の力士分析を振り返ると、入幕当初は速攻の取り口もあると見ていたようだが、間も無く左四つの堅牢な相撲一本と認識。晩年には左前みつを取っての右四つや、意表を突いた突きも繰り出すオプションの広がりも見て取れる。連勝連敗の激しさは最初から最後まで。