昨年、師匠の停年が迫る3部屋の行方を予想した。
伊勢ヶ濱は初場所後に照ノ富士が引退し、順当に後継者となった。先代の再雇用中の名跡探しも、白鵬の宮城野が退職したことで円満に(?)解決した。年寄株を持つ宝富士も、無事関取のまま引退できた。
大嶽は阿武松への合併話もあったというが、別系統の玉飛鳥に白羽の矢が立って存続。
そして常盤山も1月場所後に部屋付きの元貴景勝が、名跡交換せずに湊川部屋として継承することになった。
順当といえば順当だが、新生湊川部屋の位置付けはまだ不明な点がある。
①完全な後継部屋、②常盤山再興までの仮預かり
いずれなのだろうか。
①は文字通り常盤山部屋は一代限りとなり、弟子は湊川部屋に骨を埋める。
②の仮預かりというのは、例えば現役関取の隆の勝が真の後継者であって、いずれ独立する貴景勝に一旦は丸ごと預かってもらって、折を見て引退後に常盤山を名乗って再興し、湊川の内弟子を除いて弟子を返してもらうというもの。
筆者は①かと考えている。以下3つほどがその根拠だ。
1)裏方の移籍
今回力士は全員したが、部屋付きの行司、床山などは前所属の出羽海一門の部屋に移籍した。元々一代限り預かる約束があったのかは不明だが、このタイミングで帰らせるのは、千賀ノ浦の系統としては一区切りという理解とも受け取れる。弟子は引き継いでものれんは引き継がず、完全に新たな部屋という位置付けと考えると納得がいく。千賀ノ浦の系譜を一時預かるのであれば、こうはならないだろう。
2)再興へのハードル
当代への継承時から在籍する隆の勝が、再雇用期限の切れる5年後に常盤山名跡を譲られたとしても、再興するには非常にハードルが高い実績を残さねばならない。「独立ではなく再興であれば、継承に準じた実績でも可能」という説もあるが、独立資格が現基準に改められてから、そんな前例はない。旧宮城野部屋の力士による部屋再興という意向も、先代伊勢ヶ濱が白鵬の引退会見で発言しただけで、協会公式見解ではない。
隆の勝が独立資格を得るには、①大関になる、②三役をあと18場所、③幕内をあと21場所、いずれかを満たす必要がある。現実的な目標は③となるが、あと3年半は7年11月に31歳になったベテランにとって決して短くない。膝の故障歴もあるだけに、確実とは言い切れない。再興への道のりは不確実で、継がせたいのであれば他の中継ぎ役を立てて部屋を存続させ、湊川は一部を連れての独立扱いとさせるべきだろう。
3)継承のメリットへの疑問
隆の勝が独立の資格を得たとしても、敢えて常盤山部屋を継承するだろうか。もう1人の関取の新鋭・若ノ勝もまた貴景勝の内弟子のようで、湊川部屋に残るだろう。千賀ノ浦・常盤山時代の弟子を連れて独立しても米櫃はいないだろう。今どき元横綱・大関でもスカウトに苦戦する時代だ。叩き上げで高校や大学にパイプがあるわけでもなく、敢えて独立するには相当な覚悟がいるだろう。そもそも常盤山名跡がすんなり譲られるかもわからない。
貴景勝といえば、義父が故・二十山親方とあって、旧二十山部屋を自宅とする。いつでも独立して部屋を興せる体制。初場所後の継承とされているので、しばらく常盤山部屋を使用するのか、すぐに旧二十山部屋に移転するのかまだ不明だが、現常盤山部屋も、先代の自宅兼稽古場から移転してまだ4年。 これは先代が参与の雇用期間が切れて協会外となるために移転したものとされているが、湊川への完全継承を予定していたのであれば、数年間の繋ぎのためにわざわざ新たな部屋を用意するとは思えない。湊川以外への継承を想定していたように思える。
だが、その時点では貴景勝はまだ20代半ばの大関であり、師匠停年までに引退しているとは想定していなかっただろうから、部屋を残す為に中継ぎを探すつもりだったのかもしれない。予想外に引退が早く、たまたま「部屋持ち」師匠への継承となって、稽古場がダブってしまったというのが実情ではないかと思う。
まあ邪推はこの辺にして、20代にして師匠となった湊川をはじめ、若手親方たちの奮闘を期待したい。

