クローバー私の心に残ったこと
   詩を書くことも、
   銀行勤めも、
   一家六人の暮らしを支えたことも、
   カミ屋敷で遊んだことも、
   あっという間に姿を消したことも、
   すべては
   遊びのなせる表現ではなかったかと思わせます

 

 

 

表札

 

自分の住むところには

自分で表札を出すにかぎる。

 

 

自分の寝泊まりする場所に

他人がかけてくれる表札は

いつもろくなことはない。

 

 

病院へ入院したら

病室の名札には石垣りん様と

様が付いた。

 

 

旅館に泊まっても

部屋の外に名前は出ないが

やがて焼場の鑵かまにはいると

とじた扉の上に

石垣りん殿と札が下がるだろう

そのとき私がこばめるか?

 

 

様も

殿も

付いてはいけない、

 

 

自分の住む所には

自分の手で表札をかけるに限る。

 

 

精神の在り場所も

ハタから表札をかけられてはならない

石垣りん

それでよい。

 

          『石垣りん詩集 表札』P.12~14

 

 

 

洗たく物

 

私どもは身につけたものを

洗っては干し

洗っては干しました。

そして少しでも身ぎれいに暮らそうといたします。

 

 

ということは

どうしようもなくまわりを汚してしまう

生きているいのちの罪業のようなものを

すすぎ、乾かし、折りたたんでは

取り出すことでした。

 

 

雨の晴れ間に

白いものがひるがえっています。

あれはおこないです。

ごく日常的なことです。

あの旗の下にニンゲンという国があります。

弱い小さな国です。

 

          『石垣りん詩集 表札』P.90~91

 

 

 

空をかついで

 

肩は

首の付け根から

なだらかにのびて。

肩は

地平線のように

つながって。

人はみんなで

空をかついで

きのうからきょうへと。

子どもよ

おまえのその肩に

おとなたちは

きょうからあしたを移しかえる。

この重たさを

この輝きと暗やみを

あまりにちいさいその肩に。

少しずつ

少しずつ。

 

         『石垣りん詩集 表札』P.110~111

 

 

 

 

 

石垣さん

                   谷川俊太郎

 

何度も会ったのに
親しい言葉もかけて貰ったのに 石垣さん
私は本当のあなたに会ったことがなかった
きれいな声の 優しい丸顔のあなたが
何かを隠していたとは思わない
あなたは詩では怖いほど正直だったから

 

十二月二十三日 死の三日前
弟さんと一緒にあなたは明るい病室にいた
細かい縞のミッソーニのパジャマが似合って
いつものように少女のようにはにかんで
見舞いを喜びながらしきりに恐縮していたが
それも本当のあなたではなかったのか

 

茨木のり子さんと二人で過度の謙遜や遠慮は
ときに傲慢に通ずると苦情を言ったのだが
仮借なく辛辣な詩の中の自分を
恥ながらあなたは主張していた
全生涯がこめられたその不思議な眼差しで
そこに本当のあなたがいたのかもしれない

 

贈られた詩集が1DKいっぱいに積まれ
その詩の山をベッドにあなたは夜毎眠ったとか
家の 血縁の悪夢から詩へと目覚めて
だがその先にあるもっと新しい朝は
もうこの世にはないことに
あなたは気づいていたに違いない

 

ほんとうのあなたには会えなかったが
詩の中のあなたにはいつでも会える
その喜びと痛みを 石垣さん
私たちは決して失うことはないだろう

 

2005年2月7日

 

 

 

・ 父親が知人にりんさんを紹介する決まり文句が
  「これが上の娘です。気まま者です」というのでした

 

・ 人が生涯かけて追い求める自己表現の道を、
  りんさんは幼くして見つけてしまったのです

 

・ 石垣りんさんの生涯とは

  「表札」の終連につきると思います

 

・ 石垣りん
  それでよい

 

 

 

 

 

 

≪箱入り嫁のつぶやき≫
印象的な詩を載せてみました。

恥ずかしながら、
石垣りんさんを初めて知り、詩も初めて読みました。

 

まさに気ままもんの真骨頂でした  とありましたが、
気ままもんというのも根性がいるものだと思いました。

 

 

 

     

 

 

 


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