映像作品:HAYABUSA BACK TO THE EARTH
プラネタリウム行って参りました。
久々でしたね、あの画面。
500円であれだけの大迫力だから、満足です。
今回は通常版で、完全版ではなかったので、また完全版見たいです。
「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」は2003年5月9日に小惑星イトカワの探索を目的に打ち上げられた、小惑星探査機の活躍を全編CGで描かれた作品です。
ナレーターの方が説明しながら、またはやぶさに呼びかけたりもする少しドラマチックな作品にもなっています。
最初に大きな地球が所狭しと球体の画面に映し出されますが…ほんまに迫力ありますね(笑)あれはIMAXも負けるくらい。やっぱりプラネタリウム向けだというのがわかります。
はやぶさは打ち上げ後に地球を利用した“スイングバイ”に成功し、イトカワに近付きます。
2005年9月にイトカワに近付き、表面の写真を撮ったりするまで、大体予定通り。
タッチダウンの映像もありました。まだ結果は調査中ですが、何か小さい砂が入っていればいいですね。
映像は音楽が付きながら効果音は無し。当たり前ですね、宇宙空間ですから(笑)でもなかなかの迫力です。映像は逆に明る過ぎくらい。
その後、数々のトラブルにあって、また連絡が途絶えます。この辺りは簡単に書かれてますが、実際には大変な状況だったと思います。ただ、映像にははやぶさが徐々に傷付いて、ズタズタになっていく部分はわかるようになってます。
そして2010年6月。やっと地球に戻ってきます。カプセルを放出して、地球に突入。自身もそのまま突入します。
真っ赤に炎に包まれ、地球に落下。はやぶさは、新聞に載った写真通り、燃え尽きます。
カプセルは、大気圏突入して、やがてパラシュートを開きます。砂漠に不時着。そして、奥にはうっすらと隼が飛翔する姿。
ちゃんとここまで描いてるんですね。大変感動的でした。
近くで見ていた子供が一言。
「…よかった。」
まさにこの一言に尽きますね。
60億キロを旅して、数々のトラブルに見舞われながら、地球との交信によりクリア。カプセルを帰還させたのは奇跡に近い。
ほんとにはやぶさは生きているみたいだし、運用者、設計者は素晴らしいと思います。
この作品、はやぶさ帰還により、上映期間が伸びた模様です。
ツイッターや新聞、webでのフィーバーにより、問い合わせも殺到。
今は関東周辺のプラネタリウムでの上映のみですが、全国に広がっていくと思います。
実写化もされるでしょうね。多分山崎貴あたりで(笑)
いや~変なドラマに味付けされそうですが、観たいことは観たいですね。
それだけドラマチックだと思うからです。
最後に、はやぶさが大気圏突入前に残した写真を載せておきます。もう力はほとんど残っていない状態で、約2時間かけて向きを変え、撮った中の1つ。最後の任務です。
日本発LZHよ、ありがとう。忘れないよ。
今、国産の圧縮形式として普及してきた「LZH」が静かに終焉を迎えようとしている。2010年6月初旬、「UNLHA32.DLL」「UNARJ32.DLL」「LHMelt」を提供しているMicco氏(以下敬称略)が、これらのプログラム開発を停止すると発表したのだ。
そこで今回は、この圧縮形式「LZH」のアーカイブアルゴリズムと、アーカイブソフト「LHA」を開発した吉崎栄泰氏(以下敬称略)を紹介していこう。
吉崎栄泰(よしざきはるやす)氏
1955年 北海道旭川市にて誕生。札幌医科大学に入学し、内科医を目指す。
1988年 LZARIを改良したLZHUFを考案。圧縮ソフト「LHarc」を開発。 1990年 LHarcを全面改良、LHAとして発表。
吉崎の本業は内科医。医学生時代からコンピュータ好きだった彼だが、卒業後にパソコン通信にはまった。当時の通信速度は1200ボー、もはや「ボー」という単語は死語だが「bps」と同等と捉えてほしい。低速な部類に入るADSLが8Mbpsであることを考えれば、どれほどの速度かわかるだろう。そんな低速なパソコン通信では、送受信するデータのサイズは小さいほどいい。そこで必要とされたのが圧縮技術だ。折しも当時にぎやかだったパソコン通信「PC-VAN」で、圧縮アルゴリズム「LZARI」が公開された。LZARIも、日本人・奥村晴彦氏(現・三重大学教授、以下敬称略)によって開発されたものなのだが、それを見た吉崎は、その符号化部分をハフマン方式にすることでより効率的になることを発見した。
そして考案されたのが「LZHUF」方式のアルゴリズム。そして、それを実装した圧縮ソフト「LHarc」を開発、1988年にニフティサーブ、アスキーネット(いずれも当時のパソコン通信)で公開した。LHarcは、多くのユーザに歓迎された。さらに吉崎は、奥村の協力もありLHarcを改良。1990年に圧縮ソフト「LHA」を公開した。LHAは当時全盛を迎えていたMS-DOSで大いに利用された。
ちなみにLHAで圧縮されたファイルの拡張子は「.lzh」である。ここから、LHAで圧縮されたファイルを「LZH形式」と呼ぶこととなった。
LHAはフリーソフトとしてソースも含め公開されていた。オープンソースという考え方が生まれるはるか前にである。また当初はZIP形式に対応する圧縮ソフトが有償だったということもありその結果、LHAはUNIXやMac、そしてWindowsにも移植され、ボランティアの手によって各国語版のマニュアルも作成されて世界中で使われた。
そしてLZH形式は、ZIP形式と双璧を成す圧縮形式となった。吉崎は1991年に米・PC Magazine編集長賞を、翌年には第1回フリーソフトウェア大賞で大賞を受賞した。その後、Miccoをはじめとする多くのプログラマによって、LZH形式は、DLLファイルや対応アプリとして開発され続けてきた。国産のプログラム・ソフトウェアとして世界的に成功したものの1つと言えるだろう。しかし、Windows XP以降でZIP形式が標準サポートされ、アプリ不要で圧縮・解凍が可能になると、アプリやDLLを必要とするLZH形式は徐々に使われなくなってきた。吉崎自体も、LZHに関連する開発は既に行っていない。現時点では、実質的にZIP形式が圧縮ファイルの国際標準であると言える。
さらに今、セキュリティ対策が問題となって開発が中止されることにより、LZHの未来が閉ざされようとしているのである。LZHはZIPなどの圧縮形式と同様、ヘッダ部分にセキュリティの脆弱性を抱えており、その脆弱性を突けば容易にウイルスの侵入が可能になってしまう。Miccoはその問題に対処するようソフトの脆弱性情報を収集して対策を講じる団体Japan Vulnerability Notes(JVN)や、セキュリティ対策ソフト開発各社に長年にわたって呼びかけを行っていた。しかしMiccoによれば、JVNなど各社は、ZIP形式ファイルで行ったセキュリティ対策を、LZH形式ファイルに対しては積極的に行わないと判断したという。つまり、セキュリティ対策ソフトの多くが解凍前のZIP形式の圧縮ファイルのウイルススキャンが可能なのに、LZH形式には未対応なのだ。そのためMiccoは関連プログラムの開発を中止し「企業・団体においてのLZH書庫利用はお勧めしません」というコメントを発表した。ところがこの開発中止に関しても、ユーザからはそれほど大きな反対意見は起きていない。
もちろん、LZH形式のファイルが今すぐになくなるものでもないだろう。現に解凍のみであればWindows 7でもLZH形式は標準サポートされている。しかし、やはりいずれは消えていく運命なのだろう。本記事を目にしたのであれば、国産圧縮技術LZHと、その開発者である吉崎のことを記憶にとどめておいていただきたいものだ。
そこで今回は、この圧縮形式「LZH」のアーカイブアルゴリズムと、アーカイブソフト「LHA」を開発した吉崎栄泰氏(以下敬称略)を紹介していこう。
吉崎栄泰(よしざきはるやす)氏
1955年 北海道旭川市にて誕生。札幌医科大学に入学し、内科医を目指す。
1988年 LZARIを改良したLZHUFを考案。圧縮ソフト「LHarc」を開発。 1990年 LHarcを全面改良、LHAとして発表。
吉崎の本業は内科医。医学生時代からコンピュータ好きだった彼だが、卒業後にパソコン通信にはまった。当時の通信速度は1200ボー、もはや「ボー」という単語は死語だが「bps」と同等と捉えてほしい。低速な部類に入るADSLが8Mbpsであることを考えれば、どれほどの速度かわかるだろう。そんな低速なパソコン通信では、送受信するデータのサイズは小さいほどいい。そこで必要とされたのが圧縮技術だ。折しも当時にぎやかだったパソコン通信「PC-VAN」で、圧縮アルゴリズム「LZARI」が公開された。LZARIも、日本人・奥村晴彦氏(現・三重大学教授、以下敬称略)によって開発されたものなのだが、それを見た吉崎は、その符号化部分をハフマン方式にすることでより効率的になることを発見した。
そして考案されたのが「LZHUF」方式のアルゴリズム。そして、それを実装した圧縮ソフト「LHarc」を開発、1988年にニフティサーブ、アスキーネット(いずれも当時のパソコン通信)で公開した。LHarcは、多くのユーザに歓迎された。さらに吉崎は、奥村の協力もありLHarcを改良。1990年に圧縮ソフト「LHA」を公開した。LHAは当時全盛を迎えていたMS-DOSで大いに利用された。
ちなみにLHAで圧縮されたファイルの拡張子は「.lzh」である。ここから、LHAで圧縮されたファイルを「LZH形式」と呼ぶこととなった。
LHAはフリーソフトとしてソースも含め公開されていた。オープンソースという考え方が生まれるはるか前にである。また当初はZIP形式に対応する圧縮ソフトが有償だったということもありその結果、LHAはUNIXやMac、そしてWindowsにも移植され、ボランティアの手によって各国語版のマニュアルも作成されて世界中で使われた。
そしてLZH形式は、ZIP形式と双璧を成す圧縮形式となった。吉崎は1991年に米・PC Magazine編集長賞を、翌年には第1回フリーソフトウェア大賞で大賞を受賞した。その後、Miccoをはじめとする多くのプログラマによって、LZH形式は、DLLファイルや対応アプリとして開発され続けてきた。国産のプログラム・ソフトウェアとして世界的に成功したものの1つと言えるだろう。しかし、Windows XP以降でZIP形式が標準サポートされ、アプリ不要で圧縮・解凍が可能になると、アプリやDLLを必要とするLZH形式は徐々に使われなくなってきた。吉崎自体も、LZHに関連する開発は既に行っていない。現時点では、実質的にZIP形式が圧縮ファイルの国際標準であると言える。
さらに今、セキュリティ対策が問題となって開発が中止されることにより、LZHの未来が閉ざされようとしているのである。LZHはZIPなどの圧縮形式と同様、ヘッダ部分にセキュリティの脆弱性を抱えており、その脆弱性を突けば容易にウイルスの侵入が可能になってしまう。Miccoはその問題に対処するようソフトの脆弱性情報を収集して対策を講じる団体Japan Vulnerability Notes(JVN)や、セキュリティ対策ソフト開発各社に長年にわたって呼びかけを行っていた。しかしMiccoによれば、JVNなど各社は、ZIP形式ファイルで行ったセキュリティ対策を、LZH形式ファイルに対しては積極的に行わないと判断したという。つまり、セキュリティ対策ソフトの多くが解凍前のZIP形式の圧縮ファイルのウイルススキャンが可能なのに、LZH形式には未対応なのだ。そのためMiccoは関連プログラムの開発を中止し「企業・団体においてのLZH書庫利用はお勧めしません」というコメントを発表した。ところがこの開発中止に関しても、ユーザからはそれほど大きな反対意見は起きていない。
もちろん、LZH形式のファイルが今すぐになくなるものでもないだろう。現に解凍のみであればWindows 7でもLZH形式は標準サポートされている。しかし、やはりいずれは消えていく運命なのだろう。本記事を目にしたのであれば、国産圧縮技術LZHと、その開発者である吉崎のことを記憶にとどめておいていただきたいものだ。
リュック・ベッソン、常盤貴子はさすがと思った件(笑)
2010年6月12日、第13回上海国際映画祭が開幕した。記者会見は決まり切った会話が繰り返されるのかと思いきや、意外にもリュック・ベッソン監督や常盤貴子さんなど著名映画関係者が記者やファンと丁々発止のやりとり。会場は爆笑に包まれた。13日、信息時報が伝えた。
リュック・ベッソン監督は新作「アデル/ファラオと復活の秘薬」をひっさげて登場した。ある記者が監督を尊敬している、作品はすべて見て強く影響を受けたと述べると、「私の映画は全作品が中国で上映されたわけじゃないんだが。驚くべきことに君は全部を見たんだね」と、海賊版ネタで記者いじり。
映画「引き出しの中のラブレター」に主演した、「日本ドラマの女王」常盤貴子さん。肩を露わにしたワンピースで登場した。健康的であり、かつセクシーさもある見事なファッションで、無数のフラッシュを浴びていた。中国語や英語でポーズを要求する声が飛び交う中、突然聞こえたのが「アニョハセヨ」との韓国語。周囲は笑いに包まれた。
さらに記者会見ではトンデモ質問も浴びせられた。日本のAV女優・蒼井そらさんのファンと思われる人物が、「あなたと蒼井そらさん、どちらの人気が高いのでしょうか?」と発言。担当の通訳が訳せずにうろたえる中、取材陣は大爆笑。観客から「蒼井そらさん」と助け船が出されると、ようやく事情が分かった常磐さんは笑いながら「彼女の人気のほうが高いんじゃないかな」と大人の回答を見せた。


