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追悼三沢光晴:役員会

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新社長に田上が、と東スポがフライング。

まあ、順当かな。

社長兼トップレスラーはもうやらないだろう。

また分裂するかもね。

前向きなら、ありだと思います。

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ノアが、選手兼社長の三沢光晴さん(享年46)が13日に急逝後、初めてとなる役員会を23日、都内で開き、小橋建太も出席。「三沢さんがつくった会社だから。まずはしっかり三沢さんをファンも含めて送ってあげることが一番大事」と語り、レスラーとして、人間として尊敬した故人の「お別れ会」に視線を向けた。協議された内容については「いろいろあったけど、今お話できるのはここまで」と、多くを語らず車に乗り込んだ。

天上智喜が…

思い出話ばかりしてる。

まっすーもブログ更新しないし。

スケジュールも無い。


なんか嫌な予感。


思い過ごしだったらいいが。

追悼三沢光晴:三沢光晴と私

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6/13。

あるニュースに目が止まりました。

“プロレスラー三沢さん倒れる。”


その言葉自体が信じられませんでした。

最近病気等で亡くなる方は沢山いますが、三沢はまだ40代。


一向にニュースは更新されずに1時間。




ついに…

亡くなった事が報じられました。


なんとも言えない喪失感に、

久々に声を上げて泣きました…


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1993年頃。

私はプロレスファンになりました。


夜中に良くプロレスをなんとなく、不定期で見ていたのですが、最初は好きでもなんでもありませんでした。

うろ覚えですが、川田が良く鶴田に場外パワーボムをくらっていて、失神させられていました。

「川田、またやられたか…」

今思うと、キレた鶴田を見たのは初めてでした。

鶴田は良く知ってましたけど、あの通り呑気な人だとずっと思っていただけに、ギャップに驚いてました。

「三沢も頑張ってるな…。」
大した知識が無い頃でしたから、そのくらいの感想でした。



ですがある時、三沢対田上の三冠戦を見て驚愕しました。
「凄い…ここまでやるんだ…」

不透明決着や、場外乱闘、乱入ばかりだと思っていたのですが、当時の四天王(三沢、川田、田上、小橋)の戦いは真面目で、武骨な凄い戦いでした。

「世間ではプロレスなんて、て言われているのに、ここまで頑張っているんだ…」

それからはTVに毎週かじりつき、週刊プロレスなる雑誌を買い始めました。

当時は40万部も発行されていて、単独競技を扱う専門誌では珍しい現象と言われてました。



私は………猪木が嫌いでした。

試合も見たし、その良さはあったのですが、やはり四天王の戦いの方が好きでした。

完璧にハマったのはその三冠戦と、小橋がウィリアムスとやった次期三冠挑戦者決定戦(豊橋体育館)でした。



四天王の戦いとは、

“カウント2.9の攻防”



“危険な垂直落下系の技の応酬”

がもっとも分かりやすいと思います。

何時果てるかわからない精神戦を繰り返し、2.9で返しまくる。

新日本や他団体の試合なら、10分や15分で終わる所を、20分、30分とやります。

もう、いいんじゃない?を越えてからの返しが2.9の攻防でした。

そして、バックドロップ等、単なる投げ技にせず、形を変えて受け身を取りにくくしたり、

垂直に落としたり、投げっ放しという危険なアレンジ。

いつも唖然としていました。

思わずうなってしまった事も沢山ありました。



日本武道館にも何度も足を運びました。

NOAHの旗揚げにもディファの外で立ち会いました。



試合後、三沢は、危険な技でめり込んだ首を戻すため、若手に引っ張らせていたり。首を氷で冷やしていたり。

激闘は、沢山のダメージを三沢に与えていた事でしょう。

体の大きかった馬場さんのような試合はできなかったのです。

「馬場さんとは違って、俺らは作り上げた体ですから…。」

当時言われていた“命を縮める戦い”は、嘘でもなんでもなかったのです。

当時感じた事は間違いなかったのです。



三沢さんが亡くなったのは、運命です。

馬場さんが亡くなって、精神的支柱を失い、40人以上引き連れてNOAHを立ち上げたのも、運命です。

社長としてNOAHを経営、選手として盛り上げ、苦しみながら休む事なく頑張り続けて無理をしたのも、運命です。



運命を受け入れます。


いつも三沢の凄さに、刺激を受けて来ました。

こんな凄い人にはなれない。

世間では一部にしか認められてなかった“馬場、鶴田・天龍後の壮絶なプロレス”を見て来られた事を誇りに思います。

何回も驚愕してきたから。

何回も涙してきたから。


そして、仕事や私生活でも励まされてきました。





あなたのことを忘れません。

ありがとう、三沢光晴。



あなたを語り続ける使命が私にはあります。

また、語りたいと思います。


無敵の人。

ギリギリまであきらめない人。

誠実な人。

家族や仲間を裏切らない人。

男の中の男。

誰もが悪口を言わない人。

趣味に、好きなものに一所懸命な人。



合掌。