予定されていた幕内18番の取組中、実際に行われたのは11番。
不戦敗の中には、優勝争いを引っ張っていた逸ノ城はじめ、期待されていた好取組も次々に消えた。
4番続けて「不戦勝」の勝ち名乗りを告げる行司の声が、場内に響き渡る。場内からため息が漏れた。
13日目の名古屋場所は、これ以上ない異常な事態が続いた。それでも取組は続行され、残り二日間も実施されるようだ。
だが、優勝候補の一人が出場できなくなったうえ、千秋楽に決められる三賞の有力候補力士まで休場扱いとなると、どんな選び方をするのか。
さらに強制的な休場措置の中で、来場所の番付の扱い、出場記録の扱いなどはどうなるの?。〝コロナなんだから仕方がない〟では済まされない問題だ。
7部屋2割もの力士の休場が判明した11日目の時点で、このまま強行することはいかがなものか、と書いた。
事態は、それも吹き飛ばす勢いで進んでいる。13日目に出場した力士に、14日目、千秋楽にストップがかかってもおかしくない。
中止を含めた大決断しかないのではないか。
大相撲は以前から〝神事かスポーツか〟と論議されてきた。かつては、勝率が同じであれば、番付上位の力士が優勝とされた。同じ一門の力士は対戦させないという歴史も長く続いた。その中でも先達の力士やOBたちは、不公平な実情に手をつけ、少しずつ改革を進めてきた。なかでも重視されてきたのが、勝利数をはじめとした記録だ。最多勝利を挙げた力士を優勝とし、同数の場合は決定戦を実施するなど、当然のことが実施されるようになった。スポーツへの歩みの一歩だった。
伝統を重んじながら、スポーツとしての体裁を整えてきた。記録を確立することがなければ、相撲は単なる一伝統的催しにとどまり、ここまでファンを広げることもなかった。
それがいま、コロナという〝大敵〟の出現で乱されようとしている。
〝相撲界なんてあんなものさ〟というあいまい決着で終わるのか、〝相撲界もやるときはやるじゃないか。力士のことを考えてる〟と評価を上げるか。
相撲協会が問われている。