先日、東京都内で驚く光景を見ました。一車線の狭い道路を、高級外車が通過しました。車が好きで、何気なくその車と運転席を見ると、運転者はハンドルから手を放してスマホを操作しているのです。
車は目の前を一瞬にして走り去りましたが、運転席の若い男性は、前方も、脇の方にもまったく目配りしている様子はありません。思わずつばを飲み込みました。
交通事故を減らすとか、渋滞の緩和のための有効策ということで、国はいま、自動車メーカーとともに自動運転化構想を進めています。アメリカなどではすでに、一部では自動運転車が一般公道を走っているということも聞きます。
もし車に運転者がいらない技術が開発されたとしたら、それはそれで大変なことですが、それが果たして本当に便利で、人々の幸せにつながるものかどうかは、まったく別問題ですね。
周囲に目配りし、人が飛び出してこないかまでコンピューターに判断させる研究が行われているそうです。もしそうなったら、運転の初歩的なことが軽視され、人間の運転技術の後退につながっていくでしょう。幼児が運転席に座ることになってもおかしくありません。
交通事故は減るどころか、逆に増え、大事故につながっていくのではないか。そんな気もします。
スマホ。生活に深く浸透し、いまやなくてはならないものです。
めざましい機能の進化には舌を巻きます。電話機能一つとっても、紙の住所録などまったく及びません。
他方で、自宅や家族の電話番号さえ覚えていない人も多くなっています。
かつては、勤め先や知人の電話などはきっちり覚えていたという人も多かったと思いますが、今や、家族の電話番号すらわからなくなっている。
便利さの裏で、考え、記憶するといった大事な脳細胞機能の一部が退化している、という学者の研究に、そうかもしれないとうなづいたことがあります。
進化、便利さの究極の追求は、軍事や武器の開発かもしれません。
ロシアのウクライナへの侵略戦争でそれを痛感します。罪なき人びと、子どもたちを殺し、街を破壊しつくす。そのウクライナへの支援に欧米諸国が大量の、最新鋭の武器を研究開発し、提供する。これが果たして真の解決になっていくのか…。
〝あいつらがそういう武器を持ち出すなら、こっちはもっと強力なもので対抗するぜ〟となり、行きつく先は、人類の破滅につながる核兵器の使用です。
技術の進化、便利さの追求は、冷静になって考えてもいい時期にさしかかっているのではないか。お金の使い道は、ほかにもたくさんあるのです。
猛暑が続く中で、こんなことを考えています。〝アナログおじさん〟の懸念に終わればいいのですが…。
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それにしても連日のこの暑さは異常です。名古屋とその周辺に移動した力士のみなさんは、この暑さの中で稽古ができているのでしょうか。心配しています。
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