何年も前のクリスマスにやっていた映画で、たまたまちらっと観ただけで話もタイトルも分からないのですが、印象的なシーンがありました。
そこは外国の酒場というのかパブで、クリスマスに人々が集まってクリスマスに関する話を披露する、という催しが開かれていました。
そこへ一人の中年の女性が緊張気味にマイクの前に立ち話を始めます。
娘が一人いて、祖母と同じ名前を付けて大事に育ててきました。でも娘はまだ若いうちに自分よりも早く亡くなってしまいました――。
聞いていた客の一人が言います。
「悲しい話だが、クリスマスとは関係のない話じゃないか」
すると女性は言います。
「娘は、クリスマスに生まれ、クリスマスに死んだの」
かなりうろ覚えなんですが、この時期になると思い出します。一体なんという映画だったのでしょう?
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・円城塔『プロローグ』文藝春秋 (2015/11/24)
・森博嗣『イデアの影』中央公論新社 (2015/11/21)
・小林泰三『幸せスイッチ』光文社 (2015/4/9)
・吉田篤弘『空ばかり見ていた』文藝春秋 (2006/01)
・江戸川乱歩『魔術師』東京創元社 (1993/03)
・円城塔『プロローグ』
――小説の書き手である「わたし」は、物語を始めるにあたり、日本語の表記の範囲を定め、登場人物となる13氏族を制定し、世界を作り出す。けれどもそこに、プログラムのバグともいうべき異常事態が次々と起こり、作者は物語の進行を見守りつつ自作を構成する日本語の統計を取りつつ再考察を試みる……。
プログラミング、人口知能、自動筆記…あらゆる科学的アプローチを試みながら「物語」生成の源流へ遡っていく一方で、書き手の「わたし」は執筆のために喫茶店をハシゴし、京都や札幌へ出張して道に迷い、ついにはアメリカのユタ州で、登場人物たちと再会する……。情報技術は言語の秘密に迫り得るか? 日本語の解析を目論む、知的で壮大なたくらみに満ちた著者初の「私小説」であり、SFと文学の可能性に挑んだ意欲作。――
前回の『エピローグ』からの『プロローグ』です。こちらはハヤカワではなく文藝春秋連載の私小説(?)
繋がっているようで繋がっていないようで繋がっているような、正直内容の半分も理解出来ませんでした。
小説の根幹や前提や常識を新たに定義し直そうとしたりは文学的といえばそうですが、その方法がSF的というかSE的というか、意欲作過ぎる。
メタといえば説明できるようでいて、メタという言葉が嫌いみたいなので違う言葉で言い表わせば……趣味的? プログラムを組んで小説を書くなんて普通思いつきません。
一応ストーリーらしきものを追えば、この連載を書く上でまずは世界を設定し、登場人物を決める「わたし」。
『新撰姓氏録』(しんせんしょうじろく)という古代氏族名鑑から名前を取った13氏族を登場させます。朝戸、椋人、榎室、雀部、英多、星川、笛吹、羽束、息長……その内の何人かは別の小説(『エピローグ』)に「入植」したりして出てこなかったりもします。
その彼らが、うーん、入れ子構造の話の中で、えーと、色々します。
いや、本当に、何をしているのか普通の読者にはよくわからないです。
作家と編集者、河南と川南、頭のない巨大な類人猿の骨、ラジカセを担いだ男、古今和歌集、黄泉比良坂、猩猩、イザナミ、統計データ、表記揺れ……とにかく読んでいると、自分がいかに「小説」という枠組みを自分で作って勝手に読み下してきたかがわかります。混乱します。
大半意味わからない時々笑える、そんな私小説(?)でした。
叙述カメラ、あると面白そうです。撮ったものを文章に置き換えられて、セピアとかモノクロとかモードの切り替えも出来る。本当に作れそうじゃないですか?
・森博嗣『イデアの影』
――彼女は病院にいる。館を離れ、あの家政婦から逃れ。彼女は思う。彼女が愛した男たちを――理知的でリリカル。美しく繊細な「幻想小説」。――
中央公論社が谷崎潤一郎の生誕130年・没後50年のメモリアルイヤー企画で出した作品だそうです。この作品も『細雪』を各章の冒頭に配したり、書き方が谷崎っぽかったりとオマージュの意味合いが強い小説。
個人的には谷崎にしては偏執的な面が少ないかなと思ったり。もっと変態っぽいですよね、谷崎って。なんとなく三浦綾子っぽいかも。
ストーリーは、大正とか昭和頃。美しい社長夫人と、彼女を取り巻く男性たち、そしてその死。だんだん精神のバランスを崩し夢と現実の境が曖昧になってゆく世界で、彼女は何を想うのか。
という感じです。
思想的で描写は綺麗。話はまあ、あってないようなものというか。詩みたいなものです。あくまで文章を楽しむもの。
プロローグとエピローグが噛み合ってないようなんですが、わざとでしょうかね。そのあたりを考えると怖い。
書き方がそうなのか、森博嗣と円城塔って少し似ている気がしました。
・小林泰三『幸せスイッチ』
――両親が急死し、多額の遺産を相続した少女が恋をした。初めての恋が、彼女から財産も将来への希望も、何もかもを根こそぎ奪ってゆく。絶望の末に少女が出会った、すべての苦痛から解放してくれる「幸せスイッチ」とは?(表題作)一刻を争う病状の幼女を搬送する救急隊員に、母親が無理難題を押しつけて翻弄する「診断」。鬼才が仕掛ける、邪悪で奇妙な六つの物語。――
書くジャンルでだいぶ印象が変わる作家の、不条理短篇集です。今回はクトゥルフもミステリーも理系理論もなし。ひたすら『惨劇アルバム』のような無茶苦茶な理論を押しつけてくる読後感悪い話ばかりでした。
でも冒頭の『怨霊』は超限探偵Σが出てきて笑った。バカミス過ぎる。大好きだΣ。
・吉田篤弘『空ばかり見ていた』
――あれはダイヤモンドを拾ってるの。昨日、雨がすごかったでしょう?旅する床屋をめぐる12の物語。――
世にも珍しい流しの床屋ホクトの物語。
ホクトさん自身が語る話もあれば、誰かがホクトさんのことを語る話があり、ただ旅する床屋がちらっと出てくるだけの話もある。
一人称だったり三人称だったり、現代だったり童話風だったり。
そのどれもで、登場人物たちは何かを抱えている。秘密だったり不安だったり悲しみだったり迷いだったり。
それは髪を切ることで少し和らいだり、話をすることでちょっと前向きになったり。どうにもならないこともあるし、ホクトさん自身がどうしたらいいか分からないときもある。
だからただ空ばかり見ていることもある。
名探偵やカウンセラーが出てきて何もかも解決してくれる話ではないけど、最後は前を向いて生きていけるような気がする短篇集でした。
神様の話の最後が好き。
そういえば『みつばちのささやき』を観ました。ハンバート・ハンバート、じゃない、クラフト・エヴィング商會名義の『アナ・トレントの鞄』の元になった映画で(最近なんだかハンバート・ハンバートとクラフト・エヴィング商會が混ざってしまう)、確かにアナの持っていた赤い鞄は素敵でした。ぱかりと開けてリンゴが出てくるんですよ。
というかアナがかわいい。目がすごく大きくて印象的でした。話はわからなかったけれど。FINの文字が出た時、素で「えっ!?」と叫んでしまった。どういうことあれ。扉が一直線に並ぶ部屋は素敵でした。
・江戸川乱歩『魔術師』
――『蜘蛛男』事件を終えて休養のために湖畔のホテルへやってきた明智小五郎。彼はそこで会った大宝石店の令嬢玉村妙子に、いつしか憎からぬ感情を抱くようになった。それも束の間、一足先に帰京した妙子の要請で明智はまたもや事件の捜査に乗り出さなくてはならなくなった。異常なまでの復讐心に燃える魔術師との死闘! 挿絵・岩田専太郎――
文代夫人初登場の巻です。犯人の娘だったのか、知らなかった。
まさに大活劇でした。事件に遭遇する前から攫われる明智小五郎、被害者の元へ届く毎日一つずつ減っていく謎の数字、まさに魔術としか考えられない密室、葬送の笛の音、しかし立ちはだかる名探偵、奇術小屋での逃亡劇、繰り返される惨劇、復讐鬼の執念、そして意外な真実。
という要素がこの一冊に詰まっています。盛り沢山です。明智小五郎って秘密主義ですよね。
結構残酷なシーンがあるのですが、どちらかというとそちらの方が本領っぽい気がするので好きです。
衆人環視の状況での殺人や生き埋めといったモチーフが好きみたいですね。あとあの少年は一体……。
こういうノリノリなシリーズも楽しいですが、やっぱり短編の暗く息が詰まるような雰囲気もいいですよね。しばらくは明智小五郎読んでみますが。
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クリスマスに読みたい本ってありますか?
ぱっと出てこないのは、日本人にはクリスマスが縁遠いからなんでしょうかねえ。
子供のころは好きだったシャンメリーが、なんだか甘過ぎて飲めなくなりましたし。
個人的に縁遠いだけなんですかね。でも、まだ、小さい時にクリスマスプレゼントでもらった猫のぬいぐるみは持っていますよ。抱くとにゃーんと鳴く茶色の猫です。
今はもう鳴かないんですけどね。
ということで。
また。
さようなら。
『早く来ないと、パパとママを 七面鳥の代わりに 焼いて 食べちゃいますよーだ!』