こんばんは、神郡です。2週間ぶりになりました。色々ありましたが身体的には元気です。
少し前の話になりますが、節分に豆まきをしました。
と言ってもそうそう家に豆など無く、いつだか頂いた殻付き落花生があったのでそれをまくことにしました。つっこみは御容赦願います。
しかし、一人で誰もいない空間に向かって「鬼はー外」「福はー内ぃ」と声を張り上げるのがひどく、なんだろう、恥ずかしいというか空しいというか、とても耐えられるものではなかったので、結局無言で部屋に落花生を落として回るというシュールな絵面になりました。
追儺とはなんだったのか……。
今回読んだもの
・井上ひさし『新釈 遠野物語』
・楊逸(やん・いー)『時が滲む朝』
・佐藤賢一『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』
・笙野頼子『幽界森娘異聞』
・篠田節子『静かな黄昏の国』
・桜庭一樹『無花果とムーン』
昔からよくゲームなんかではセーブする時、日記をつけるなんて言いますね。
こまめにセーブをする人もいれば、だいぶ進めてからセーブする人もいる。
ゲームによってはセーブ回数が記録されたり、スコアに関わってくる場合もあるので、基本的にはあまりセーブはしないことにしています。
ある意味この読書感想文まがいのブログも日記みたいなもので、ちょっと進んだ(読んだ)のでセーブしに来ました。
と、開き直ってみる。
・井上ひさし『新釈 遠野物語』
――東京の或る交響楽団の首席トランペット奏者だったという犬伏太吉老人は、現在、岩手県は遠野山中の岩屋に住まっており、入学したばかりの大学を休学して、遠野近在の国立療養所でアルバイトをしている“ぼく”に、腹の皮がよじれるほど奇天烈な話を語ってきかせた…。“遠野”に限りない愛着を寄せる鬼才が、柳田国男の名著『遠野物語』の世界に挑戦する、現代の怪異譚9話。 (「BOOK」データベースより)――
端からパロディだと公言しているので、どれだけバカバカしいのかと思って読んだら裏切られた。
とても真面目な「遠野物語」だった。『遠野物語』を馬鹿にしたところも無い。構成自体も連作の形で進行していくし、オチもしっかりついている。新釈、というよりかは、外伝か異聞と言ったほうが近い印象。フィクションだけど。
・楊逸『時が滲む朝』
――梁浩遠と謝志強。2人の中国人大学生の成長を通して、現代中国と日本を描ききった力作。『ワンちゃん』に次ぐ期待の新鋭の第2作!
1988年夏、中国の名門大学に進学した2人の学生、梁浩遠(りょう・こうえん)と謝志強(しゃ・しきょう)。様々な地方から入学した学生たちと出会うなかで、2人は「愛国」「民主化」「アメリカ」などについて考え、天安門広場に行き着く――。
大学のキャンパスで浩遠と志強が出会った「我愛中国」とは。同窓の友人たちとの議論や学生生活を通して、現代中国の実像を丹念に描きつつ、中国人の心情がリアルに伝わってくる力作です。物語の後半では日本も登場し、国境を越えるダイナミックな展開から目が離せません。衝撃の前作『ワンちゃん』から半年、スケールアップした新鋭の最新作です。(Amazon引用)――
聞いたことがあるなと思って手に取ったら、芥川賞受賞作でしたね。そういえば、日本語を母国語としない作家の受賞で話題になった。
とにかく日本人には書けないだろうなと思う。
「何を書くか、ではなく、どう書くか」が純文学かと思っていたけれど、これは「何を書くか」に重点が置かれている気がした。どう書くかは問題じゃなくて。
それは中国人の、国や同胞に対する心情や外国における境遇で、ストーリーや登場人物すら置き去りにしても、それが書きたかったのかと思える話だった。
あと引用ママだけど名前、浩遠(こうえん)ではなくハウイェンと、志強(ツェーチャン)と読まないと、最後の淡雪(タンシュエ)が活きてこないですよ。
・佐藤賢一『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』
――裁かれるジャンヌ・ダルクは、ほんとうに神より遣わされし者なのか?国王シャルル七世の寵臣ジョルジュは、自らの地位を脅かしかねぬ女の素性を洗い出そうと心を砕く。そして最後に彼が気づいたある戦慄すべき事実とは…。西欧中世史に材をとった表題作のほかに六篇を収める、才気横溢の傑作短篇集。 (「BOOK」データベースより)――
やっちまった。
同じ本また借りてしまった。たぶんタイトルの語感が好きなんだろうなあ。
もしくは小学生の時に借りパクしたジャンヌダルクの伝記の呪いなのかなあ。
・笙野頼子『幽界森娘異聞』
読む前にまず「森茉莉」、「笙野頼子」が誰でどういう人か、知らないならググってもいいので知っておくことと、この本が小説じゃなくほぼ評伝で半エッセイだということを理解していないと、開始五行目で迷子になります。困りました。
――猫たちを拾った森で、“彼女”に会った――
文豪の娘にして耽美の祖?!森茉莉と最前衛作家の運命的遭遇
……彼女、彼女、彼女、この故人のこの活字の世界での名をいきなり「森娘」と命名する。本名森茉莉をそのまま使わないのは、決まってる。私の描いているこの故人が、どう考えても本物の森茉莉とはずれた人物だから。鴎外と志けの娘、では決してないから。私が知っている森娘は、……「贅沢貧乏」という1冊の本の中に住まった1体の妖怪だ。私という作家の雑念と思い違いがそこにこごった、活字の怪でしかない。「作家は死んだ時その本の中に転生する」――本文より ――
ググりましたか?
森茉莉は、森鴎外の娘で小説家です。やおいの先駆け? らしいです。
笙野頼子は、かなり特徴的な、話し言葉で過激なことを書いたりする作家です。純文学の極道って、面白いですね。猫が好き(好きの範疇を超えているらしい)だそうです。
話は、作者が森茉莉の幽霊を見た、というところから始まり、……どこへ行ったんでしょう、気づいたら彼女の飼っている猫の心配をしていました。あと、森茉莉に少し詳しくなれます。
小説を読んでいるというより、ずっと作家の話を聞いているような本でした。
・篠田節子『静かな黄昏の国』
――「終の住みかは、本物の森の中にしませんか?」終身介護施設の営業マンの言葉に乗り、自然に囲まれた家に向かう老夫婦。彼らを待っていたものは―。表題作「静かな黄昏の国」を含む八篇の作品集。(「BOOK」データベースより)――
篠田節子は『仮想儀礼』が好きですよ。宗教を扱ったものとか、社会派の作品はとても上手いので尊敬します。
逆に言えば、それ以外はあまり読まないしそんなに好きではない。
なんというか、ありがちな、予想の範囲を出ない短編集で、オチも読めてしまうのも多かったかな、と。
ああでも、単行本で読んだけれど、調べたら文庫版も出ていて、そちらのほうは3.11後に緊急復刊されたものだそうです。
何故かって、小説の中のことが現実になってしまうから。それが一番怖いことでした。文庫で読めば良かった。
・桜庭一樹『無花果とムーン』
――「あの日、あの瞬間がすべて。時間よ、止まれ」あたし、月夜は18歳。紫の瞳、狼の歯を持つ「もらわれっ子」。ある日、大好きなお兄ちゃんが目の前で、突然死んでしまった。泣くことも、諦めることもできない。すべてがなんだか、遠い―そんな中、年に一度の「UFOフェスティバル」が。そこにやってきた流れ者の男子・密と約。あたしにはどうしても、密がお兄ちゃんに見えて―。少女のかなしみと妄想が世界を塗り替える。そのとき町に起こった奇跡とは。(「BOOK」データベースより)――
桜庭一樹の新作です。知人の影響で読み始めて以来、小説は結構読破している、と思う。『私の男』が一番面白かった。
それで、今作。
書き方が……わざとこういう書き方をしているんだろうか。一見下手に見えるのは何かの理由があってなのか。
ストーリーもどこかで見たようなものを合わせたような印象。超現実主義だという兄も、どの辺がそうなのかいまいち実感が湧かなかったり、トレーラーで荒野を大挙してやってくる季節労働者というのも日本でだとなんか、イメージ出来ない。
というのは実はどうでもよくて、上で言った「何を書くか、ではなく、どう書くか」の作品です、これは。
ストーリーだけ話すとつまらない作品ですよ。でも読むとちゃんと面白い。不思議ですけどね。ところどころ変な文があるんだけれども。
実験的な作品なんでしょうか。もうちょっと甘ったるい設定を抑えてくれるとありがたいんですが。
と、セーブ終了ですね。またちょっと進んだら旅の日記を書きにきます。
それでは。
さようなら。
『五条橋の下で猫を拾いました。
わんと鳴くので
名前はチュー太にしました。』