なんだこれ(笑) | 読書日記

読書日記

神郡が読んだ本の感想や、諸雑記を書いていくブログ。
知り合いには見せられないなあ。

来ました、読書週間ですね。

読めと言われると読みたくない人もいるでしょうが、国を挙げて読めと言われれば今迄挑戦してこなかった大作を読破してやろうという気にもなります。

そうだ、古本市行こう。


とりあえず揃えた本はこれ。

大江健三郎『死者の奢り・飼育』『﨟たしアナベル・リィ総毛立ちつ身まかりつ』

モブ・ノリオ『介護入門』

道尾秀介『水の柩』

篠田真由美『竜の黙示録』『未明の家』『琥珀の城の殺人』

中村文則『悪と仮面のルール』

面白かったら感想書く。ラインナップは気まぐれ。


それより今日は、

萩尾望都『トーマの心臓』

金子修介『1999年の夏休み』

の感想。読書日記? 何それ美味しいの。


『トーマの心臓』はそのジャンルでは有名な漫画で漫画家。『11人いる!』とか『ポーの一族』とか。

元々少女漫画が苦手で第一印象から避けていました。絵がなぁ…。

萩尾望都の名前は『恐るべき子供たち』を読んだ時だったかに知ったが、まあ読もうとは思わなかった。最近ひょんなことから『11人いる!』を読んで、今更ながら制覇しようと目論んでいる。手塚治虫の世代、好きだし。


ある雪の日、シュロッターベッツ・ギムナジウムのアイドルだったトーマ・ヴェルナーが陸橋から転落死し、ギムナジウム中が騒然となる中、委員長であるユリスモール・バイハン(ユーリ)のもとにトーマからの遺書が届く。事故死とされていたトーマの死が自殺であること、トーマが死を選んだ理由が自分自身にあることを知り、ユーリはショックを受ける。

数日後、ギムナジウムに亡くなったトーマとそっくりの転校生、エーリク・フリューリンクがやってくる。エーリクを見るたびにユーリはトーマと重ねてしまい、怒りや憎しみをあらわにすることすらあるのだが、そこにエーリクの母の事故死の知らせが入り、悲しみにくれるエーリクをユーリは慰め、これを機会に2人は次第に心を通わせていく。

エーリクはユーリへの気持ちを深めていくが、心の傷を呼び覚まされたユーリは再びかたくなな態度を取るようになる。しかし、ひたすらユーリを愛し信頼を得たいと願うエーリクの言葉から、ユーリは、トーマがユーリの罪を自ら引き受け、あがなおうとし、そのために自分の命を代償にしたのだと悟る。そうしてユーリは、自分を取り巻く多くの愛と幸福、そして自分を見守っていた周囲の人々に気づく。

神はどんな人をも愛し、許していることを知ったユーリは、神父となるために神学校への転校を願い出、ギムナジウムを去る。(wikipediaより転載)


読み終わって哀しくなった。ヘッセの『車輪の下』を思い出す。あれほど暗くはないけれど。それと三島由紀夫の『仮面の告白』。こっちは神学校じゃないけれど。

少年期の、性別のない透明な愛。それは女学校でいうシスターにも通づる憧憬の形。

冒頭にトーマが語る言葉、「僕が君を愛したことが問題なんじゃない。君が僕をどうしても愛さなければならないのだ」。それが最後にもう一度語られ、その意味が背徳心から絶望しているユーリを救うためだったとわかった時にああああとなった。死んだ人物が一番強い物語。エーリクとオスカー(ユーリの親友)が少し可哀想かもしれない。

ところでサイフリート(だっけ、八角形眼鏡の)は悪い子だなあ。決着はつけないんだろうか。

それとユーリの家。父親の借金を祖母に返す、とユーリは言っていたけれど、神父になってもいいんだろうか。

こういう下世話なところが気になるようじゃ駄目なんだろうなぁ。


とかく、道を切り拓いた第一人者や古典と呼ばれるものは今の文化の基盤だ。時にパロディになり、オマージュや二番煎じとかもあり、使い回しされつつ新たな物も出てきたりこなかったり。


『1999年の夏休み』は、1988年に公開された日本映画。監督は金子修介。『トーマの心臓』を原案としている。

何故か家にあったので観てみた。

なんだこれ(笑) と観終わって思わず声に出た。

まず、キャストが全員女の子。そして4人のみ。しかも声はアフレコ。斬新、アバンギャルド。すごいなこれ…。


山と森に囲まれ、世間から隔絶された全寮制の学院に、少女のように美しい14、15歳の少年たちが共同生活をしている。
初夏のある夜、その中の一人、悠が崖から湖に身投げして死んだ……。
夏休みになって、帰る所がなく寮に残ったのは3人(和彦、直人、則夫)だけ。3人の間で、悠の死を話題にするのはタブーだった。ところがある日、悠とウリ二つの少年が3人の前に現れた。少年の名は薫。家庭の事情で、夏休みだというのに転入して来たのだという。――(ホームページより引用)


ストーリーは『トーマの心臓』と同じ。最初だけは。恩田陸の『ネバーランド』を思い出した。

所々、同じシーンや同じセリフが出てくるけれど、一番の相違点は悠(トーマ)の死が和彦(ユーリ)に振られたから、ということ。愛憎だなあ。神学校の話ではないし、近未来っぽい装置なんかもあるから神様はお呼びでないのかもしれない。

当然そこが違うのだから後半のストーリーもだいぶ原作とは違う。トーマとエーリクは親戚だからそっくりだったのに対し、悠と薫(エーリク)は実は同一人物。和彦に復讐(というか恋着があったから?)する為に戻ってきた。

直人(オスカー)は不良っぽさがなくなって真面目になった。そのせいか余裕がない。薫を殺そうとするところは、ええぇー、となる。良い兄貴分じゃなくなってるな。

則夫(アンテ・原作ではオスカーが好きで、ユーリのことが好きなオスカーに振り向いてもらうために、トーマにユーリを落とせるかの賭けを持ちかけた)は、人懐っこくなってかわいげがあるが別に誰かが好きということもなく、常に疎外感を感じている。原作ではどうしても憎まれキャラだったから良かった…のか?

最後、和彦の愛を得た薫は「少年のまま死のう、少年のまま、また出会おう」と二人で心中する。

なんとか直人に助けられた和彦は「夢を見ていた。悠は僕を許してくれた」とつぶやくが、薫/悠は助からなかった。

そしてまた3人の夏休みが始まる。しかし、そこへ転入生がやってくる。薫/悠とそっくりな少年が。

「僕はどちらでもないよ。でも、君のことはよく知っている……」


最初と最後、男性のナレーションが入る(ぼくなつっぽい)が、あれは誰なんだろう。「あの夏休みを昨日のことのように覚えている」と言うが、このループ様の終わり方でそれは…不思議だな。

まあなにせジャンルがSFファンタジーだからなあ。

ところで制服の靴下留めのベルト? 気になる。あんまり見せるものではないのでは。

それに今の視点で見ると、少年たちも確かに少女のように、ではあるが、別に美しくはゲフンゲフン。


と、意外と楽しめたけどどういう顔で観ればいいかわからない映画だった。一部ではカルト的な人気があるらしいのだけれど。あ、でもこれが家にあったということは・・・。


しかし原作付きの作品の映像化は非常に難しいと思う。最初に映像化されたほうから入れば原作を楽しめると思うのだけれど。

好きな、思い入れのある漫画が実写化されると非常にがっかりする。こけるのはわかっているんだから止めておけ。特に顔だけで選ぶのはもう駄目だ。

俳優使うアニメ・ゲームもなんかな。


愚痴っても仕方ないので、今日はここまで。

さようなら。


「ざけんなよ・・・・

そんなカッコに ならなくてもな・・・・

一つにはなれんだよ

なあ・・・・

そうだろ 松っ!」