そしてココロは群青色。 -2ページ目

最恐は、自分の想像



恐いことは、色々ある。

それが人だったり物だったり幽霊だったり。

対象は人によって、違うけど。

そして、恐怖に対峙して出る、アドレナリン。


でも、世の中で最恐なのは、最も恐いのは、つきつまるところ自分の想像。

失敗する自分が恐いのか?

殴られる自分が怖いのか?

見放される自分が怖いのか?


違う。


俺が恐れているのは、自分の想像。

恐い状況の自分を想像してビビり、囚われ、躊躇する。

自分で創り出した自分のイメージに自分でビビってる、そんな感じ。


大切なのはそう、まず、自覚すること。

実際に恐い状況でビビってるんじゃあない。

そこから生まれる自分の想像に、ビビってるだけ。



まず、大きく深呼吸を。



そして、恐怖は逃げるとのっぺりと張り付いてくる。

まるで、磁力があるかのように。

逃げるんじゃあない。

恐怖を見据え、認識し、そっと傍らに置く。

そして向き合い、立ち向かう。

覚悟と意思を、強く持って。



そして、前へ。


全ての日本人へ



俺らは、俺らが思ってるよりも、強い。


絶対に。


歴史が証明してる。


俺らは、強い。



こういう時こそ、シンプルに。


余計な雑念を除いて、ただシンプルに。


刮目し、前を見据える。


出来ることから、淡々と。


大丈夫。


俺らは、強い。



そして、前へ。


イチバン楽しんだヤツが、イチバン強い。



勝負どころにターニングポイントに、ここ一番に天王山。

どんなにのんびりしてても必ず訪れる、こういう時。

スポーツだって勉強だって仕事だって、みんなそう。

大事な場面はやってくる。


さぁ、どうする。

どうする。失敗したらどうする。

どうなる?


そう、不安。

不安は、曖昧だから生まれる。

ピースが完全に組み合わさっている時に不安は、ない。

勝つか負けるか。

負ければ・・・。

そして不安は、恐怖を生む。

恐怖とはつまり、自らの想像。



囚われるな。自らの恐怖に、囚われるな。

囚われるな、という思いにも囚われるな。

うーん、ムズい。



超ムズいけど。

突き詰めると、楽しんだらいいんじゃね?

不安にさいなまれながらプレーして、結果失敗する。

開き直って、思いっきり楽しむ!と思ってプレーして、結果失敗。

プロセスは絶対後者の方が楽しい。


結果を確実に予測することは難しい。

それでこそ勝負。

なら、楽しむべき。

楽しんでこその勝負。



イチバン楽しんだヤツが、イチバン強い。



そして、前へ。


自分の職務を、点景として。



自分の職務、つまり仕事。

様々な役割、様々な立場。

その中で日々、奔走。


時に勝ち、時に負け、そして時にはずるくやり過ごす。

仕事ですから。


でも忙しさで仕事に追われるうちに、ココロは焦り、視野は狭まり、

こだわらずサクっと回り道して行けばいいところを、余裕のない判断で

失敗したり。

ただただ闇雲に、走ってしまうことこれも多々あり。


そもそもそこには何が?

突き詰めると、焦り、そして不安からの脱却という願い。

焦ってそして不安、そこから逃れたいから、闇雲に走る。



まずは冷静論理的客観的に、自分に語りかけるように。

自分の立ち位置と状況を正確に、把握。

自分の職務を全体の中の点景として、見る。

そこで息せき切って走る自分を、一歩おいて眺める。


全体の中での位置がわかりゃあ、それでオーケー。

余裕と、新たな視点が見えてくる。



そして、前へ。


嘘と誤魔化しは、ヒトにだけ。


得てして見失うのは、自分。


今自分はどうしたいのか?

どうありたいのか?

何をもって良しとし、悪しとするか?

何を楽しみ、何に悲しむ?


じっくり、時間を確保し、呼吸を整えて。

あくまで飾らず恥じず素直に、さらけ出した己と

向き合うことが、大切。


自分に嘘をついて、誤魔化して演じ。

それをもって人に対し、演じ続け取り繕い続け。


その先にあるのは、所詮ニセモノの評価。

そして己を見失い、道に迷う。


大丈夫。

汚く弱い自分も、そりゃあただのステップ。

偉人も最初から、強くはなかった。

無数の弱さの先の、その強さ。


嘘と誤魔化しは、時と場合に応じてヒトにだけ。



そして、前へ。