Vamos a terra da sol -2ページ目

ばいばいブラジル

とうとう帰国の時が迫り、大好きな家族と友達とお別れをしてサンパウロに向かったのが
日曜日。

今回は我が町LuzとBelo Horizonteの行き来のみで家族と友達との時間を大切にする
というのがテーマだっただけに、いつも以上に皆と一緒に時間を過ごせて
ほんとに素敵な時間だったー。

ただ、
Quando fiqupu mais tempo,sinto mais saudade.

って事で、いつも以上に時間を過ごすと寂しさも倍増するのです。

我が町を離れる直前は高校の同級生と前日にご飯を食べ、
早く帰っておいでねと笑顔でお見送り。
出発当日も直前までお別れ行脚で涙涙。
ほんと、ちょーー田舎ですが愛すべき町ですわ。

帰る間際はママイと下の弟とベロリゾンチに向かい、
妹と上の弟と合流して、家族で遅くまで飲み明かし、いやはやほんとの家族みたい。
そして帰り際、ママイから
「こんなに一緒にいたから、夏が帰る日が来ると思わなかった」と
涙目で言われ、ほんと涙がでそうに。
泣いたらいかんと、涙をこらえ次回を約束したわけです。

空港までは、大好きなMoninhaとMateus夫婦に送ってもらい、
これまた泣きそうになりながらチェックイン。

サンパウロでは父上の又いとこの鍵富夫妻のお宅にお世話になり、
久しぶりの和食をたんまりご馳走になりました。
15年ぶりにお会いするのに、本当によくして頂いてありがとうございました。

そして、とうとうブラジルを後にするフライトの搭乗間際、
ホストシスターのマリアーナと電話。
この夏、カナダに留学する24歳の彼女とはまさに姉妹。
国外ましてや国内も一人で出たことがない彼女が心配で心配で、
カナダ経験がある友達をつなげて、どうにかうまくいきますようにと話し合い
keep on touch.

いつもながらに思うのは、生まれも文化も言葉も全部違うのに、
こんなにも通じあえるのは何でしょう。

先ほどブラジルからの経由地のパリのスーパーで
ブラジル人から英語で話しかけられて、なんだーポルトガル語話せるのと
盛り上がって何だか安心。

不思議なものです。

A minha vida mudou tanto depois fiz intercambio no Brasil.
Tenho que agradecer para os todas pessoas que conhecei.

ブラジルなう 2

今日は隣町にある弟(もちろん、こちらでの弟)の歯医者に行ってきた。

帰国前にちょっと欠けてしまっている歯を治し、キレーに磨いてくれたわけ。
思い起こせば、私が留学してた時は12歳だった彼が、今はいっちょ前に
自分のクリニックを構えるほどの歯医者さん。立派になりました。
感動ですよ。

そして、帰り道。
こちらの父上の車に揺られ、ひろーい草原を眺めながら思ったわけです。
15年前、初めてこの地を訪れた時は大都会東京から、ブラジルのド田舎に来てしまい
あまりの違いにほんと衝撃をうけたなと。
ただ、ここには温かい人達がいて、かけがえのない経験ができた。
おそらく、それ以降の私の人生は少なからずも違うものになった気がする。
それくらい影響は大きいのだ。

だからこそ、いつ帰ってきても変わらないものがあって、
言葉も忘れずにいられるんだろなと。

帰る家があって、家族も友達もいる。
私にとっては、ここに来るのは旅行じゃなくて帰省に近いもの。

Naqui tem minha outra vida.

そして毎回来るたびに皆に刺激をうけて、私も頑張ろうと思うし、
しっかり自分の人生を歩まねばと思うわけ。

あーーー、もう帰るのかー。と思うとやっぱ寂しいな。

ブラジルなう

2011年、再び訪れたブラジル。
今回はお一人です。旦那様、ありがとう。

到着して、すっかり3週間が経過。
今回は旅行もせずに、貴重な留学生活を送ったわが田舎町と、
その州であるミナスジェライスの州都、ベロホリゾンテ、通称ベロリゾンチの
行き来だけ。

ホストファミリーと友達と過ごす時間をメインにした今回。
相変わらず、最高に居心地がいいこの土地。

私の町は人口1万五千人の農場に囲まれた田舎町。
まわりの農場にも沢山の人が住んでるから、果たして本当の人口は
どれくらいなんだろか。

メインロードは1本で銀行やお店達はそこに集中してるけど、
夜7時にはスーパーと薬局意外ほとんど閉まっちゃうから、すっかり静か。

私が今いるお家は、血さえ繋がってないけれど、もうほとんどリアル家族だわ。
上の弟は日本に留学して我が家に滞在してたし、ママイも兄弟達も皆なかよし。

今日は夜ちょろっと友達の家に。
仕事帰りの友達とそのパパと軽くビールを飲んでドラマを見て家路に。
帰り道の10時すぎ、外はほとんど誰も歩いていないのね。
でも、まったく危なくないのがいいところ。
見上げれば満天の星空。ひゃー、これ見るのがほんと好きなのよねと
ずっと空を見上げながら帰宅。
蚊がいなかったら、もうちょっと外にいたのにな。

でも思い出すと、留学してた時町全体が停電になった日があって、
私が住んでるところはちょっとした高台なんだけど、それはそれは
星が綺麗だったことを思い出したよね。

ほんとはすでにブラジルを離れてヨーロッパ放浪してる頃だったけど、
こちらのママイの体調がいまいちで、すっかりお世話になってるのに
置いて帰れないから、ちょっと延びております。

でも、それもそろそろリミットですわ。
すっかり日に焼けて、懐かしいこちらの食事に囲まれ、
ちょっと体重増えたけど超健康。

留学してから15年。
私が未だに言葉に困らないのも奇跡だけど、
何も変わらない人間関係があるのが一番ありがたい。

そろそろ帰国支度しなきゃ。

のみっくす

今日はのみっくす新年会。

留学してたときの、先輩から同期から後輩までをローテックスと名付けられていて、
そのメンバーで学生時代ははちゃめちゃによく飲んでたんだけど、
それを「のみっくす」と名が付いた訳ですわ。

ただ、ここ数年はみんな結婚して子供ができたりして、
そんなに集まる事もなかったわけだけど、
去年のひろこの結婚式をきっかけに忘年会から
再開することになったわけ。

大学の部活でも会社でも年上には敬語絶対だった私には
高校生の時から、敬語じゃなくて大切なものがあると教えてくれた
先輩がいるこの環境。

みんな色んな道に進んでいるけれど、エネルギッシュなパワーに
毎度やる気がでますわ。
そして、超ダメだし合いができるのは最高な仲間たち。

つくづく、いい仲間。

$Vamos a terra da sol-のみっくす

祖父の死

最愛の祖父が亡くなって、もうすぐ3ヶ月が経つ。

ブラジル滞在中に検査入院をして肺ガンが見つかったと連絡があり、
慌てて帰国したその日に脳への転移も見つかった。
すでにステージ4以上だったのだ。
それから、1ヶ月経たないうちの5月3日。祖父は他界した。

幼い頃から本当に可愛がってくれて家族思いで、努力家で、
決して人を悪く言うこともなく、とても男らしく頼もしい祖父で
私が最も尊敬する人だった。

社会人になってからも、休みがあると一緒に旅行をしたり、
祖父の笑顔を見るのが好きだった。

そんな祖父がはいつも、
「若い時の苦労が年をとってから出る」
と言っていた。

そんな祖父の誇りでありたかった。
だからガムシャラに働いてきた。

この6月に93歳になるはずだった祖父は
この歳までとてもしっかりしていて、とても誇り高い人だった。
私達家族にとって、祖父の存在はあまりにも大きく、
だからこそ、いまでも涙が出るときが多々ある。

3月にブラジルへ出発する前に「気をつけて行ってこいよ」
と笑顔で一緒に食事にいったのが、私が最後に見た元気な顔で、
全てがあまりにあっという間すぎていった。

ブラジルに旅立った時期や過ごした時間で悔やむこともあるけど、
今は全てタイミングだったと受け入れることにしている。
こうして、ブログを書いているのも前に進むため。

これからは、祖母を大切に、悔やまない時間を過ごさねば。
そして、変わらず恥じない孫であるように。

O pessoa quem mais importante,era meu avo.

$Vamos a terra da sol-じいじ@穂高


$Vamos a terra da sol

久々ブログ

最後にブログを書いてから、相当ご無沙汰してしまった。

気づいたら2009年も残り1ヶ月ちょっと。

早いーーー。早すぎるーーー。

この1年半位、ほんと色んな事がありました。

まず仕事。
常駐先での2年間の仕事も満了し、3月に戻ってきた私。
色んな仕事をやらせてもらえるようになり、代表の試合からJの試合まで、年末年始も働いてほんとに忙しかったし大変だったけど、とっても実になった。

そして一緒に働いた諸先輩方は本当に最高。

あの業務があって、いまの人間関係があるのだわ。

現場で足の骨を折って、初の松葉杖。
去年の夏が台無しだったけど、今となってはいい思い出チューリップ黄
Vamos a terra da sol-2008夏ヒビ入る

そして、結婚。

2009年4月25日に結婚しました。

ついでみたいな形で書く事でもないかもしれないけど、すでに半年以上経ってしまったので、これだけで報告するタイミングをいしてしまった。

結婚までは色々ありましたが、無事に結婚式、入籍をしまして
こんな私も嫁なんです。
あはは。

「夏が結婚するなんて、世も末だな」とある友達に言われたけど、ある意味そうかもねぶーぶー

でも、まわりの皆はこんな理解ある旦那はいないよーとよく言われます。
確かに。
私を1ヶ月もブラジルに行かせてくれる事、感謝します。

よく食べ、よく飲み、よく笑い。そしてよく動くを共有できる大事な人です。

Vamos a terra da sol-My Wedding② Vamos a terra da sol-ゴルフ@新婚旅行




エナ魂2008

エナ魂

すっかり時間経っちゃいましたが、


かつての私のストレス解消のひとつであるクライミングですが、

浦和のジムでコンペがあるって事で、いつも通ってるジムの

volnyからも何人もコンペに参加するっていうし、半ば強制的に

コンペに申し込んでみました。


でも、申し込んでから当日までどちらかといえば憂鬱度合いの方が多くてね。

何でって、私今まで色んなスポーツやってきたけど、

ある程度練習してそれなりに自信があるものしか、

大会的なものに出たことがなかった訳です。


でも、私にとってのクライミングは2月からちょっとまともに初めたけど、

未だペーペー。

ちょっとは成長したけど自信なんてものは、全然なくて。


で、6月15日のコンペ当日。

参加者は80人近くもいましてね。

ジムは1階と2階にボルダリングエリアがあって、その壁にある自分が登れる課題を

登って、登れたら審査員にハンコをもらい、その登れたレベルとハンコの数で

予選の点数が決まるというわけ。


で、制限時間は100分2ラウンドで1階と2階の両方を登るって感じ。

で、予選の結果を持って、3つのグレードに振り分けて80分の決勝ラウンド。

まずは予選。


100分って、つまりは1時間40分なわけで、壁の順番待ちとかもあるけど

ずっと登り続けるわけですよ。


おまけに1ラウンドと2ラウンドの間って15分しか休憩ないし。

いやー、もう2ラウンド目の最後の方とかもちろん体力も消耗すれば、

腕もおかしいことになってきて、普通なら登れる課題とかゴールを

掴んで落ちたりとかしちゃったり。


そんなんで、結果をもっての決勝ラウンドは

もちろんビギナークラスで戦うことになりました。


すっかり体も疲れきり、予選最後でゴール掴んで落ちたことで相当ショック受けた私は、

決勝ラウンドまでの1時間の休憩時間にすっかりぐったり生気を失って、

どうしたら、決勝やらずして帰れるかなんてことを考えていた訳ですよ。


あの時食べたおにぎりとか最高にまずかったー。


でも、休憩してる間にまわりの皆もやるわけだし、しょうがないと思って、

ちょっと復活。


決勝課題は休憩時間に即席で作られた4課題。

予選でへこんだ私は、どうしたってもう落ちたくないと、

最初からいっきにのぼってしまったらいいと思って、

がんばりましたー。


そしたら、難しかった課題も1撃で登っちゃいました。

あれ奇跡だわ。


結果は2課題しか登れずたいした事はなかったけど、

自分なりには精一杯。結果よければ全てよしで楽しかった。


そして、何よりも同じジムから一緒に参加したメンバーと

お互い励ましあって登る感じが更によかった。

これってボルダリングの醍醐味で私は大好き。


ほんといい思い出にもなったし、そしてもっと強くなりたいと思った私でした。

エネ魂2008

2008年後半始まりましたー


あっという間に6月突入。

ブログもすっかりご無沙汰のまま、2008年もあっという間に後半になってしまった。

梅雨も始まり、季節は初夏。
ブラジルで年始を迎えたのが、遥か昔のことのよう。
今年の抱負をブログに残そうなんて思ってたけど、今更遅い。。みたいなね。

2008年 仕事に関しては常駐も2年目だったり、4月に組織変更があったりで、
すっかり忙しくなりまして、ちょっと予定外。
でも任されるという事は光栄で、あれもこれもな毎日です。

背負うものもあるし、時間のコントロールがきかなくて、まいる事もけっこうあるけど、
サッカー業界の中心で働けている事を実感することも多々あるし
やりたかった事ができてる事を実感できる事も多々ある。
そして、i一緒に頑張れるメンバーや支えになるものがあること。
これもかなり大きい。

ここから更に成長するもしないも自分次第。
というのが今年の私。

でも、ここにきて今までと働き方が変わったなと実感したりもしてる。

何の為に働くのか、そしてこの先どうなりたいのか。

社会人6年目、30歳を目前にして思うわけです。

がむしゃらに働いていた頃とはうってかわって、今はやっぱり
大切な時間やものが他にもある。

そう、プライベートな時間があるからこそ頑張れる。

今は走ること、登ること、そしてゴルフ。この3つ。

2月から改めて始めたクライミング。
頑張ってます。
普段はもっぱら吉祥寺にあるクライミングジムVOLNY で登って、
時には、ジムのメンバーと外岩に登りに行ったりも。
近場だと御岳、あとは塩原、この前は小川山にキャンプも兼ねて行ってきました。
クライミング仲間はというか、登る人々はびっくりするほどストイックで、ほんと頭が下がる。
皆限界まで頑張って登っちゃう。

いやはや、私ももっと成長したいー。

クライミングは15日コンペです。初コンペ。
実力試すなんてかなりドキドキです。。

そして、次に走ること走る人

基本は前と変わらず、駒沢公園走ってます。
でも、登ることを始めてから、すっかりぐったりする日もあるから、
前みたいになかなか毎日走るとかってことはなくなったけど、
定期的にハーフでるとかって、目標をコンスタントに設けることにしたよね。

何よりも一緒に走るメンバーがいる事は心強いニコニコ
皆で目標レース決めて頑張れるっていいわ。
だからレースに出る事もけっこう楽しいのね。

次の目標は、なんと初のトレイルラン。
志賀高原 15キロ 5時間という普通のマラソンに比べたらかなりハード。
でも、きっと達成感はものすごいんだろうなと。
傾斜で走る練習とかまだまったくしてないけど、大丈夫かしら。
レースは6月29日なり。

そして最後はゴルフゴルフ

最近またちゃんと練習してますよ。
週1回はできるだけ。
GWに久々にコースに行ったらひどかったわけで、
さらにその次の週もひどかったわけで。。。。
で、負けられないので頑張らないと。ってね。
基本に戻ってひたすら練習です。

こんなEnjoyなプライベートがあるから、仕事も頑張れるんだろうなと。

ちょっと前に面談したらマネジャに言われました。

とにかく今はやるっきゃない。と。
限界1歩手前までってね。

やるっきゃないグッド!










振り返る2007 始まってます2008 ~振り返りの巻~

気付いたら2月も終わり。

すっかりブラジルかぶれのままで日々に追われていたら、旅の振り返りもゆっくり出来てない。
仕事始めの前日に帰国という強行日程だっただけに、初詣も行けないまま2008年スタート。

旅の記録も残したいけど、先に遅ればせながら今年の抱負でも宣言したいから、
まずは2007年振り返ります。

一番大きなことは、仕事において2月半ばから得意先への常駐が始まったこと。
これ、前の会社とかでも常駐経験あったけど、転職して半年ちょっとで、
一番の得意先への常駐。

社風も雰囲気も完璧に違う会社だったし、最初はそのアウェイ感に相当苦しんだ。

新しい環境は最初はいたって大変。
慣れたらすべてが笑い話になると思って、いつも挑んできていたけど
今回ばかりはその慣れるという感覚までにいつも以上に時間がかかって
未だかつてない壁にぶつかって真剣に悩んだりもした。

ストレスで太ったり、胃腸を壊したり。

逃げといったら逃げなのかもしれないけど、前の業界の方が自分は合っているんじゃないか
とか、何度も思ったりもした。

でも結果を出さずには辞められない。
どうにか前にすすめば何か掴めると思って進んできた。
基本落ちてる自分は嫌いだし、どうにか前向きでいたいもの。

こうやって頑張ってきたら見えてきた。
ガマンする事。そして諦めない。
そして信頼してもらうには、当たり前だけど
誠実に仕事をする事。

やっとアウェイがホームになったという実感。

安心して仕事を任されている事。
一緒に働いている先輩にも守られているという事。
日々感じながら仕事ができている。

でも、こうして乗り越えてこれたのは、回りで支えてくれてる皆さんのおかげ。
新橋で働く同じ会社の皆やオブザイヤーの親友や、もちろん家族を始め、
沢山の友達、色んな人の支えで頑張れた。
SOSを出した一番辛い時、そんな皆の存在をひしひしと感じ、
恵まれてるなあと実感した気がする。

この場を借りて、ほんとに有り難う音譜


あとは、またまた色んな繋がりで新しい出会いもありました。
そして得られたエネルギーもいっぱいあったなと。

そんな皆にありがとう。

2007年1月にたてた1年の目標は「成長」

色んな壁にぶつかって、今まで通りじゃいかない事を大きく学び、
全く違う会社の中で、生き抜くすべを教えてもらって、
少しは成長したかなと。