前回の続きです

改めて考えると私はピアジョリーというお店を

知っているようでしらない事に気が付きました。

 

この木製レリーフのような看板をご存じの方も

いらっしゃるのではないでしょうか、かつての

ピアジョリー長吉店にも下部がDEDO DAIEI SHOPと

書かれているものがありましたよね。

「でと」ではなく「でど」と濁っていたのが印象的でした。

話はそれましたが、看板にはSINCE1969とあります

そんなに古い店舗があったのでしょうか

(写真は宮津店)

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前回の記事のコメント欄で岡山のピアーサーティー様という

企業の沿革にダイエー倉敷店 ピアジョリー1号店が

1986年にオープンと記載があるということを

教えていただきました。 ピアーサーティー様沿革

(写真は宮津店)

社名由来より抜粋

28歳の時、訪れたサンフランシスコで、地元で有名なフィッシャーマンズワーフ

「ピアーサーティーナイン(39番埠頭)」のピアーの言葉が気に入り、その後独立。

社名について髙橋は2ヶ月頭を悩ませ、1分で決めたのがピアーサーティー。

30番埠頭から30歳で独立し、いつかは30店舗まで大きくしてみせるという

決意も含め命名された。

つまり社名はサンフランシスコ生まれということになるかもしれない。

 
代表の高橋様の思いが詰まった社名からとったピアと
ジョリー(楽しい・愉快)をあわせて
ピアジョリーという店名になったようです。
(写真は宮津店)

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しかし、SINCE1969の謎がとけませんね

わからないことをGoogle大先生に問うたのですが

ピアジョリーと言う名の競走馬が居ることくらいしか

わかりませんでした、、

 

曖昧なことを記事に掲載できませんので

失礼を承知でピアーサーティー様に問い合わせをしたところ

なんと、私のようなしがないブロガーにご親切に回答頂けました。

(写真はイオン長吉店ぐるめちっく街)

頂いたメールによりますと

店名のピアジョリーは代表の高橋様が当時務められていた

大阪の企業時代に決めたもの。

 

1号店は神戸ポートアイランド店(1984年)オープン

後、高橋様が独立されフランチャイズ1号店が

前述のダイエー倉敷店(1986年)オープン

後にこの大阪の企業も解散

ピアジョリー屋号で運営されていた店舗はほとんどが

ここからのFC派生と言うこと。

 

同名の競走馬は無関係

 

SINCE1969については不明とのこと

(ご存じの方は情報提供をお待ちしております)

 

(写真はイオン長吉店ぐるめちっく街)

ピアジョリーや不二家レストランのようなお店が

ダイエーやジャスコのグルメ街には必ずありましたが

いつの間にかそういったお店は少なくなりましたね

最近の子はどこでお子様ランチを食べているのでしょうか

ちなみに、ピアーサーティー様が運営するピアジョリーが

北京のイオンには今もあるようです、行きたいけど遠い、、

 

 

ところで長吉にあったピアジョリー号はどこへ行ったのか

移設予定と訪問時には張り紙がありましたが

こちらも続報がきになりますね

 

情報提供元

地球推進派simon様

株式会社ピアーサーティー

本部長S様

 

貴重な情報を提供くださいましたことお礼申し上げます。