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空間のブログ

※「女子力アップ、バストアップ」のぺたが一日何件も来るが、一切お断り。既にバストは98センチあるし。
しかも女じゃないし。

自分の日記は世間話、日常雑記等。新撰組では永倉推し。

2013年、五月現在の野球観戦 オープン戦神宮二試合、戸田三試合。

目四国で雪害が酷かったそうだが、南はちらつく程度なのかと思ってた。
北国じゃ、連日一メートル、二メートル積もりまくりだろうからいちいちニュースにもならないのだろうけれど。

ところで今、「スピード」の曲がかかってて、「雪が溶けて春になったら」の歌詞が出てきた。
四人共沖縄出身だと思ってたけれど。
一人位、北国育ちがいるのか。
それとも四国同様、沖縄でも高地や離島では降るのだろうか。

現場、土地を知らない人間が持つイメージは逆さえあり。

ネットではヤジ、怒号の嵐、って書き込みが多い菅直人の演説。
現実には大人気、大熱気。
これまた世間的には叩かれまくりの山本太郎がきついスケジュールのなかなのだろう、飛び入りで拡声器が使えない20時に来ることになったという。
寒いし、そんなもん待ってられるか、空気なのかと思ってたら。
更に30分も遅れて登場。
これまた聴衆熱狂。

「選挙区、地元」対「全国」対「マスコミ捏造イメージ」、「ネット工作員」

部分と全体は違う。

事実はいくつもある。

悪いは良い。

酔いは悪い。



ドクロ談志師匠が亡くなって数年。
墓参りにも行ったし、弟子が書いた本も数冊読んだ。
で、遅ればせながら立川談四楼「談志が死んだ」。

先入観としては固い感じで突っ込み不足、読了感ストレスたまりまくり、と推定し、敬遠してたのだが。
こいつは大当たり。

さすが一門で作家活動ダントツ実績がある人。
構成も文章も秀逸。
師匠との軋轢も謎をかけといて、序々に解いて行くという仕掛けもあり、読む物をどんどん著者ワールドに連れ込んで行く。談志界に引き込むという演出。プロじゃないとできない。というか本職でもなかなかこれだけの傑作はモノにできないだろう。
著作が一冊しかない若輩ができる書評ではないが。

「単独落語家」ではいろんな好みがあって、それぞれの感想が当然まちまち。
けれど、「師匠弟子」で見るなら、「小さん~談志」が圧倒ではないか。
人間国宝の師匠と破天荒弟子。
結局、破門されてしまうのだが。

その談志の弟子イジメも最悪で何人も辞めてったり、クビになったり。
自分が師匠からはずされたのに、弟子に対しては忠誠を誓わせるという自虐、矛盾だらけ芸道一直線。
終始一貫、金に汚ない人だった。
収入も仕事もない、前座見習いからも月謝、上納金を取ってたのだから。
あれだけの格になれば後進を指導、発展させなければならないのに、いくつもの有望な素材を葬って逝ったというのが最悪の大罪だったろう。

もし実は集めた金、国も誰も予算をつけないある慈善事業、福祉活動に注ぎ込んでいた、なんて展開なら現実自体が人情噺体裁になるのだが。
今の所、数十億ため込んだ挙句、何に使ったという話は伝わって来ない。

この側面があるから守銭奴の破壊僧が主人公の「黄金餅」は面白い。
「人間最悪、芸最高」。
この落差、
太宰治同様。
当事者、被害者以外、人々がひきつけられるのは当然。

ところで小さんをしくじり、一門から抜けた談志。その人から更にクビになった快楽亭ブラックという人がいる。
師匠の金を競馬で使い込み、破門。三枝門下でほとぼりを冷まし復帰するも、又もや莫大な借金を作り、除籍。
この人が書いた「談志本」はだから他の人達より因縁、業が深い。

「選挙の時、学会員に談志が刺された。あの時、死んでくれてたら上納金も立川流も無かったし、小さん一門に移れてたのに」の一節は実感がこもってる。
正にブラック。

ところで、この快楽亭ブラック師匠、現在は一門を離れ、というか辞めさせられフリーの立場だが、数千万の借金を背負った際、自分の弟子からも借りまくり、「被害者達」もかなりの負担を強いられた挙句、兄弟子に引き取られたという。
自分が上納金で苦しめられた仕返しを弟子にしたという形。
師匠が大師匠に破門され、自分も破門×二。

この破天荒師匠の血統を継いだアメリカ人と日本人の間に出来た芸人。
ブラックになる前は談志の命令で志ん生の改名記録を塗り替えるべく、常時変名してた。

で、この自分、生まれて初めてインタビューを載せてもらったのがこの人の仕事だった。現ブラック、当時は「快楽亭セックス」。
エロ本だったからぴったりといえばぴったりだが。
セックス・ピストルズとかサセックス州とかセクシーとかチャーリー・セクストンとかマンコビッチとか「その手の名前」は実際にいくらでもあるけど。

こんな男が「談志が死んだ」を揶揄していた。
「大手出版社はDに談志本の依頼をしたというが、大絶賛本にしかならないだろう」といった内容。
もっとも「揶揄」といってもヤユだけを固めて外人にしたかのようなこの人。

保守「本」道を引き立て役に自著を目立たせたかったのだろうけれど、作戦は成功してる。どっちも深く、面白く、「ブラック本」は誤植が多かったのが玉に傷ではあったけれど、談志を語るに必須資料となっている。
弟子それぞれに一対一限定空間があり、時があった。

抜けざるを得なかった、廃業していった、世を去った兄弟弟子も多い中、師匠に様々な理不尽を押しつけられるは、山あり谷あり、限界超えで生き残って来たその証は「談志記録」を残した一点で十分、芸能史、後世に残るだろう。
仮に「古典だけやって終わり」だったら山ほど同業がいるので、死後数年で忘れられてただろうから。

人亡きも資残る




叫び吉村昭「海もきえゆく」。
尾崎放哉伝。

内容、人物はというと。
「俳句の太宰治」。

まったくの駄目人間。
生活力はないは、アル中だわ。
救いようが無いとはこういう人間のことだろう。

違法ドラッグやらシャブ中やらアル中、各種依存症の害、当事者は山ほど昔からいる。
朝ドラでは「マッサン」が大人気。
我がフォーキングコースにはアル中施設。
道挟んでどてかい量販店出現。
ここで「ニッカウヰスキー」。
飲んでみたが、別にうまくない。

自分にはアル中の素質がないらしい。
病気やら怪我やら、家柄、学歴、肌の色等。
表面、生まれ、本人に責任のない要素で善悪を区別し、まして笑い者にしたり、バカにすればヘイトスピーチの白黒が良い年をしてもわからない人種と同様だろう。
かといって、「差別がいけない」とはならない。
人種差別が好きな、理不尽差別がやめられない奴らは徹底差別、排除、全滅するべきだ、と思ってるので。

差別が好きなら差別しろ」。

自分を。そいつらを。良い句ができました。

ところでアル中は病気だろうか。病気だ。バリバリの精神病だから精神病院で治療するしか、飲まない事しか対策がない。
それともこの自分がアル中可能性なしだから勝ち誇ってるのか。
たまたま安全地帯にはいってるので罵ってるなら、肌の色、出身で差別してる「黒差別」。
が、あくまで後天的に飲み続けてる当事者が悪い、なら「白差別」。

生まれて来た以上、一時は死ななくちゃならないんだから、タバコで肺癌、心臓病、高血圧の末、アル中施設でのたうちまわり、人工透析、失明、廃人、他人、世間、制度に迷惑かけのまりの挙句、もその人の自由なのか。財政破綻してるんだし、他人の真っ当な生産性、家庭、生活を破壊するんだから、国家存亡の危機要素、シャブ中同様、全滅させるべき精神異常。しかも合法なんだから危険ドラッグ、覚醒剤みたいに捕まらない分、被害も酷さも甚だしい。

壊された家庭、一族、当人。その数、非合法薬より遥かに多いだろう。

こいつを「逆マッサン」達は求め、志向し、落ちていく。血も内臓も自分だが、こいつらを痛めつけてる脳の命令も己。

やめられない快感。心地よさ。地獄こそ天国。
悪こそ善。
酔いは悪い。

尾崎は東大を出、大企業に勤め、美人妻をもらい、ことごとく酒で駄目にし、自分も駄目押し。
寺男となり流浪、島で果てた。

自由句を残したので、創造性ゼロの数多溢れるアル中と一線が引かれた、という生涯だったろう。

良いとか悪いとか。
酔いと負け
悪勝






目特に生きていてもいいことはありませんが。
好きな食べ物は日本そば。
新鮮な泥つき長ネギに醤油。
豆腐か納豆を入れる。
しらたきもよし。

という至って簡単かつ大和民族的食。

フランス料理やら、脂、砂糖猛毒コンビやらいらない。

日常的には布団干したてで寝る、近所温泉、位。

枕カバー、シーツ、タオルケットは特に干した直後がいい。

が。
一つ問題が。
タオルケットは冬だと乾きにくく二枚ローテーションだったけれど、これだと、どうしても「前に干したもの」が置いてきぼりになりがち。
そこで、二枚一緒に使うことに。
一枚は普通の使い方。
もう一枚は掛け布団の上に。

両方乾かず共倒れ、の危険もあるが。
本日は晴天。
両もらい」できるだろう。



ドクロ「我が国差別のルーツ」にお参り。
途中、公園で軽い運動したら胸が痛くなった。
先月、自転車に乗ったら、この痛みが出たので、病院へ。
結果は「どこも悪くない」。

でも最初、「来た」時はとてもじゃないが動けない程だったのに、本日は無理に歩き続けたら収まった。
ということは、肋間神経痛なり、原因も対処法もなし、あくまで「心臓のあたり」が痛むのみ、心臓は関連なし、なのかもしれない。
だったら右も左も全般に痛んでいいようなもの。
が、心臓あるからこそ、周りの筋肉、神経も右とは違う、という理屈もあるか。

生まれて来た以上、一度はしななければならない。
なので将来の不安やら寝たきりになってもボケても長寿なにより、なんて希望はないし、痛いだの痒いだの騒いだって始まらない。
なるべく最後は苦しまずに、ギロチンでスパっと。モノがないから雪山で眠ったまま、逝ければよし。
心臓が原因で数時間苦しむ、何日も入院、は避けたいが。
一日一生、
今日も終われば儲けもの、で開き直るしかない。

もとより同世代で死んでった人がいるんだから、魂が抜けた後、ここまで醜態をさらしてきたこと自体がおまけ、ついでみたいなもの。
と達観すれば不調やら苦悩なんぞ。
この世のもくず、引き立て役にさえならない。

目初めて青山霊園内お参り。
敷地沿いの道は何度も通ってたが、中に入るのは初めて。
都営霊園がいくつかあるうちここが一番高い。
とても一般人が手に入れられる値段じゃない。
もし都営に墓が欲しければ、段取りとしては「遺族から数年連絡が無く、改葬になる区画の空きを待つ」→「抽選」→「資格審査、手続き、権利金払い込み」となる。
が、抽選に当たったとしても都営住宅のように一般よりとても安い、というわけにはいかない。権利金がべらぼうでうちは多磨霊園だが、石屋の話によれば、「もうこんな広さは公募してない」と我が墓所を指して言っていた。
その半分で五百万だというのだ。
ってことは。
我が墓所権利金だけで一千万。
一戸建てが買える。
しかも、あくまで「権利」だけで、自分のものになるわけじゃない。数年間管理費を納めないと没収、改葬。
青山は多磨より高いわけだから、やはり最低区画でも数百万かかるのだろう。しかも墓石は別。
ってーか。石は数十万だから権利金に比べれば問題ないか。

しかも青山は高い上に狭いと来てる。全体は広いんだけれど、車やら停めるスペースが厳しい。
お盆や彼岸なんかパニックだろう。
あくまで多磨霊園に比べれば、の話だけれど。

管理事務所に行ってみると「主要人物墓一覧」があって、しかもタダでくれた。
多磨霊園の場合、以前は有料で配布してたのだけれど、個人情報だか三島由紀夫家がクレームを入れただかの影響で今はなし。

「坂の上の雲コース」というのが案内されていて、乃木将軍、秋山好古他、日清日露戦争の主役達が眠っているそうだ。
秋山さんの墓所を探したけれど、正確に「秋山家」というのはなく、その同じ区画に「北里柴三郎」があった。

墓を探すのもなかなか大変なもので、ここの倍以上ある多磨霊園にて既に経験していたが、江戸川乱歩やゾルゲの墓は一回ではみつからなかったし、三島由紀夫も「三島家」ではないので、なかなか大変だった。
途中、共産党委員長徳田球一やあきれたぼーいずのメンバーのものが見つかった。
靖国みたいに一色じゃなく右翼も共産党も呉越同舟。これ称して「あきれたぼーいず」とまとめれば不謹慎かシャレか。
横井英樹みたいな金の亡者かつ異常性欲者かつ大量殺人者と岡本太郎さんのような芸術家も近在だし。

というふうに考えて行くと、今現在、現世、腰が痛いだの、心臓が痛むだの、生きててもいいこともないし、税金を払うのも嫌だし、さっさと死んで、あの世に行った方が、近所付き合いだけ考えても楽しいし、勉強になろうってもんだ。
もっとも魂になってから「楽しい」だの「苦しい」だのの感覚があるのか知らないし、昔に亡くなった人達はとっくに生まれ変わってるかもしれない。

「地獄堕ち」ってーのはタチの悪い新興宗教が商売上の都合で使ってる概念で、「よそは地獄、うち極楽」と互いに言い合った挙句、現世、肉体がある時から、自分で自分を無限地獄送りにしてる行為行動。

脅かされて喜んでる、うちの所さえ信じてれば往生できるってな理屈で快感を得られる人種限定でしか通用しない手。

もっとも横井英樹が極楽往生してたら、一体、この世に極楽に行けない人間はいるのだろうか、地獄に誰が落ちるのだろうか、ってな道徳的価値観もあるけれど。にしても地獄の沙汰も金次第。寺の墓はほとんどタダらしいが、後々檀家は寄付金取られたり、戒名代が高かったり。格安霊園で戒名は自分で付ける、のが「プロレタリアートコース」。
自分は既に家族含めて戒名は付けてるし、「金がかかる」という出費もあれば、「出さなくて済む」という節約術もあるわけだ。
大体、戒名って死んでからつけてもしょうがないものだっていうし。
手遅れにならないうちに生きてる間に付けちゃうに限る。が、檀家になってると寺はそいつで食ってるから揉め事になるらしい。
金銭問題も又生き地獄。

あー、税金払いたくねー。






ドクロインフルエンザ・ワクチンを打って参りました。
本来は12月前にやるべきが遅れてしまって。
大抵段取りとしては熱を計るんだが、34.7度。
いつも35度代で計り直しさせられるから面倒でしょうがないのだけれど、今回は更に低くなってる。
こんな体質により普段、熱は計らない。
もし体調不良で高熱が出てるなら自覚症状でわかるし。
「36度だから平熱だ」なんぞと判断されても自分にしてみれば完全にオーバーヒート。

「世間熱」で投薬の基準にされたらたまったもんじゃない。
そこで頭痛、発熱時のためにはバッファリン常備。

ところが。
誰かが部屋を勝手にいじり、薬入れが丸ごとなくなってしまったので、胃薬、メンソレータム、バッファリンを買い直さねばならなくなった。タコの薬やら歯を掃除する道具なんかも入ってたので現状復帰は厳しい。
「歯道具」は吉祥寺にしか売ってないのでとても面倒。

同じ北多摩地区とはいえ電車とバスで行かねばならない。
駐車場は申し訳程度にしかないし、当然金取られるし。
三鷹、吉祥寺は通り過ぎるのみの鬼門。
体が悪い、腰が×な人間のためにある街ではない。
「若者に人気」というが、健常者限定。

自分も健康体だった頃は「都会こそ最高」と思い込んでいたが、あちこち体調悪化してみると、新宿、池袋始め、自然がない所、コンクリート、人工物だらけの環境はとても人間が住む所じゃない、と気がついた。

が、なぜかわざわざ日本最弱震源地帯、東京湾岸に引っ越してきてしまう自滅民族が多いし、行政は一切規制しない。
が、代々現場を知ってる、安政大地震、関東大震災を伝え聞いてる原人、当事者子孫は絶対に住まない。
世界的にみればひどい土地、嫌われる地帯は差別される先住民、下層階級が押し込められるのが通例。
けれど、日本では東京湾岸の地価が一番高いという逆説自滅状況がある。

家族まとめて引っ越して来たり、住みついたりする人達がいるが、人民寺院の集団自殺みたいなもの。
「耐震基準は守ってる、絶対大丈夫な建物」なんぞとうたっても、回りの道が陥没したり、水が出たり、地層はズレたが、ビルそのものは前評判通り壊れはしなかった。3%程傾いてるけどね、の「自分建物ピサの斜塔状態」でも嬉しいのだろうか。
ディズニーランドでお馴染み浦安辺りは建築会社相手に裁判が起きたっていうけれど、江戸時代からずっとわかりきってる土地事情。何を今さら。行くこと自体、ましてや乗り込んでって住み込むなんてのが狂ってる。
わざとらしい八百長というか、自作自演といか自殺自演というべきか。
「原野商法」で年寄りが騙されるというが、若い世代は家族を巻き込んで自分から突っ込んで行くのだから。金だけ取られて終わり、ならまだしも、大人の無自覚は自業自得としても子供が巻き込まれるのは・・・。

間違いなく来る直撃地震で死ぬのは勝手、湾岸じゃなくても三万人毎年自殺してるんだし、と突き放して済めば構わないが、首都で一時に数万人死んだら、被災したら、税金で助けなくちゃいけないんだから。
この財政破綻、青天井増税状態、最初から犠牲も出費も少なく抑えるべく、立ち入り禁止区域にするべきだろう。港や魚市場や仕事上仕方がない所もあるだろうが、「震源埋め立て地に定住」は絶対禁止を条例でも憲法でも謳うべき。

放射能なんて害悪そのものなのに、ワザと誘致して利権、金に目がくらんだ挙句、被爆、絶大被害なんていうのが毎度の原発パターンだけれど、震源移住も同様ないし、桁違いに被害甚大。

こういう人達にはインフルエンザなんか関係ないか。






ドクロ相変わらず紋切り型で「じっくり考えて後悔しない候補者に入れよう」連呼。
いかにも現実を知らない、馬鹿丸出し言い回し。

現実を見ろ。

税金は取られてるのに、国籍日本、選挙権もあるのに、自分の県から一人も議員が出せない地区が今回も「ゼロ増五減」で増えたという「議会制民主主義自滅状態」。
裁判所の命令に逆らって、一票の格差がでかいままなら今度は憲法違反。
どっちに転んでも、現行マッカーサー憲法と議会制民主主義の掛け合わせは、共倒れ、食い合い。
見たまま、やってきたそのもの、実に間抜けな、矛盾と理不尽を合わせた戦後自壊制度。

「法治主義」で一体どれだけ納税者の不利益、国民の害悪が取り除かれてるのだろう。
「野ばなし」と「解決」の割は多分、ブラックマターと既に知られてる数パーセントの物質比程度だろう。

といった前提を踏まえた上で我が政党判断。

民主党。「民主」の党名からして話にならない。理由は上述の通り。民主主義はとっくに終わってる古代ギリシャ起源欧米受け売りイデオロギーだから。改革するつもりがあるなら、政権奪還の意思があるならまずは党名から変えないと話にならない。多分、いつまでもこのままということは「自壊宿命」にさえ気ずいてないのだろう。こいつがこのままこの集まりの限界。
同様にして「自由民主党」も党名段階から×。

維新。自分は東京多摩地区在。近藤勇が生まれた隣接地に我が家の墓があり、局長が斬られた板橋で生まれたという新撰組反薩長。
よってこれまた「維新侵略軍」を支持するわけがない。

共産党、公明党は組織化された人間じゃないと支持しないから特にコメントの必要もなし。

「大義なき選挙」といわれてるが社民党、渡辺善美氏は存在自体に大義も意味もないのでは。じゃあ一体支持政党は?先輩が立候補した「UFO党」。政策は「宇宙に星を開け」。ソ連亡き後、右でも左でもない。問題は上か下か。異次元政治。

個人的には、菅直人さんが初めて土地選挙区から出た大臣。あとにも先にも自分の所から出た、その活躍が知られてる政治家は彼一人。あとは仕事も実績も不明。ジミ議員なんぞ支持しても入れても与野党に関わらず、一切何の実害も利益もあげない。こんな選挙区の人間に「是非共投票」「行かないヤツは人間じゃない」なんぞと言っても、じゃー、投票の結果、何をした、どこがかわったんだ、という話。

あるいは三原じゅん子さん。極所的地元。同じ病院生まれなので超身びいきに成らざるを得ない。

党を憎んで人を恨まず。

もっともUFO党はもう選挙に出てないし、三原議員は参院、菅さんも該当区だったのは中選挙区時代の話なので、投票行動には関係ないのだが。

一部毎度の繰り返しになったかもしれないけれど、こんなところが我が基本政治姿勢。





ドクロ「幸せの黄色いハンカチ」を観ると、高倉健さんは「殺人で懲役六年」の設定だった。
知り合いがバイクで婆さんを轢き殺したが刑務所に入らず。事実上お咎めなし。
別の知り合いは殺人で12年。

あるいは児童虐待とかロリコンとか放火とか薬物中毒とか、数年で出て来る。
無論、依存症の場合、出てはやり、やっては戻りの死ぬまで永久ピストン運動、被害者は無制限に出まくり。
上記、殺人者の場合はちゃんと法律、刑務所が犯罪抑止力になってるが、薬物、アルコール、性癖、脳の異常による、あるいは依存症の場合、懲役の年数なんか一切関係なく、死ぬまで治らない、累犯の可能性が大なので全く法治主義やら刑務所行政は効果もなく、抜本的解決策にもなってない。

一応、三人殺せば死刑、二人でもその性質によれば死刑もあり、という基準があるが、健さんと共演した作品で嵐寛十郎は「七人殺し」の役をやってたけれど、死刑にはなってなかった。

知り合いの12年は政治犯というか、右翼同志の事件だった。任侠や民族派、過激派の場合、互いに分かった上で、命を捨ててかかった行動だから、極論すれば幕末状態。斬るか切られるか、なので、権力がどうこう価値判断や年季を決めてもどうかと思う。

他方、健さんが街の喧嘩で殺しちゃったり、バイクの婆さん轢き殺し、は相手が一般人だから覚悟があるわけでもなく、道徳的には「罪」が重いはず。でも無罪放免になったり、政治犯より軽かったり。

足立区の「女子高生コンクリート詰め殺人」なんぞ被害者は一人だが悪質度最高。懲役終了で釈放しちゃったため、またもやというか、事件で箔を付け、更なる悪事に走った奴もいた。

「法治主義」も「懲役」も筋が通ったものではないし、罰則の軽重、冤罪、覚醒剤を売ったりやったりしてるのはわかりきってるのに施設が足りないから、面倒だから通報しても、警察知らぬ存ぜぬ、ストーカーや家庭内暴力、児童虐待も同様に野ばなしも多過ぎる。

冤罪と野ばなし。
税金使っての司法制度、行政、犯罪取り締まり。
現行マッカーサー憲法下の枠組みで法治主義、三権分立、民主主義をこのまま続けて行く限り矛盾と理不尽はなくなるわけはない。



目毎度毎度、選挙の度に「一票の格差」が裁判になり、「違憲だけれど、選挙はやりなおさなくていい」判決連発しまくり。
立て前では「司法、行政、立法は独立していて、各権力の暴走を止める」のが三権分立、ということになっている。
が、検察、裁判の冤罪、濡れ衣でっち上げ有罪が連発してるのに、立法の議員が意義を唱えると、謁見だとか、三権分立が犯される、なんぞという「逆矛盾批判」が出る始末。
全く暴走を止められてない。
定数是正も立法府の怠慢を何度も長年に渡り、「司法」が是正勧告してるのに、これまた「暴走」を止められてない。

仮に民主主義とセットの三権分立がとても良い物だとしよう。
ならば司法判断に従い、定数是正を「二倍以内」で治める。
すると、「税金は取られてる、選挙権もある」のに議員が一人も出ない県、地区が続出することとなる。
「議会制民主主義」は直接意見を言ったり、挙手するのでは、人口が多いから集まる場所がない、手間が大変なので、代表を議会に送り、意見、利益を集約するための制度。
にもかかわらず「議員ゼロ地帯」がいくつも出てしまうのだから、議会制も民主主義も成立しない。定数を減らさなくちゃいけないのに人口が多い貧乏国は議会制民主主義が運用できないのだ。
あるいは一票の格差が甚だしいまま、だと「違憲」のまま。
自衛隊やら宗教やらやたら毎度、違憲合憲で判決が出たり、文句がでたりするけれど、なんのことはない。
延々と山程「違憲行為」は野ばなしになっている。
特に当自者が捕まるでもなし、罰金も取られるでなし。
現行憲法は憲法内で食い合いをする制度なのだ。

民主主義も現行憲法も「自分で自分を食い破っていく」、いわば「自壊制度」。

このような戦後史、現状に対する突っ込み不足、遠慮の仕方や報道、世間、当人達のバッシングがどれも筋違い、元ネタをどこに求めてるのか不明状態が続いてる。

もっともここで、「各権の牽制が働いてない」と怒ったとするとまるで三権分立が完璧な思想、制度だと思ってるように聞こえる。

「民主主義」やら「法治主義」も同様。なぜか「全人類目指すべき、一切誰も疑問を挟んではいけない神、与えし理想郷則」の如く言われる、思い込まされてる人が多い、
が、実際は前記、冤罪、議員定数始め、とっくに破綻してる、ポロでまくり制度。

ではどうしてこんなことになってしまってるのか。
元ネタはどこにあったのかというと。

「民主主義」の場合は古代ギリシャ起源で、戦前はイギリスが、戦後はアメリカが「民主主義王」とし世界に君臨し、たまたま日本が戦争で負けた、その相手が民主帝国アメリカだったために、憲法ともども、その枠にはめられ、植民地支配がはじまり、今日に至った、という流れ。

ソ連が侵略してれば共産主義だったし、イスラム国にやられてれば、宗教国だったわけだ。

「三権分立」の場合、憲法に規定され、民主主義とセットみたいになってるけれど、これはモンテスキュー「法の精神」で提唱されたとされている。

王様の独裁で国が出鱈目になり、国民が疲弊するので、権力をわけ、独裁者の横暴を止めようじゃないか、という発想。

フランス革命やアメリカの独立は実際、この発想により成功したといわれてる。

フランスではルイ王制が終わり、アメリカはイギリスの植民地支配から解放された。

ところが。

日本の場合、ロシアのニコライやら中国の西太后のような独裁者、暴虐型権力者がいなかったので、元から権力の在り方、分け方の基盤が違ってた。

明治天皇は長州が南朝から連れてきた人間のため、一切、親政を敷くつもりもないし、部下の意見も入れたし、戦争にも強い、質素倹約を尊び、戦中は前線の兵士を思いやり、自分も寒さを耐え忍ぶような名君だったため、側近、国民の尊敬を集めた。

あるいは昭和天皇だって、あまりにも人が好いからこそ、軍部に乗せられ開戦に突っ込んだが、敗戦で命乞いするでなく、これまた天皇にふさわしき大人物だった。だからこそ帝王学をきちんと代々治めてるからこそ、世界最長の皇統が続いてると言うわけだ。

中には後醍醐天皇のような出鱈目タイプもいたけれど、むしろこれは例外。

長州と意見が合わなかったため暗殺されたとされてる孝明天皇、狂人だと貶められた大正天皇も実に開明的だったといわれてる。

てなわけだから、敗戦により押し付けられた「三権分立」はその発想時、状況にあった「暴虐独裁制」と無縁だし、植民地だったわけでもないので、「得した感」もなければ「改善実感」もなし。
結果、歪みやら矛盾ばかりが目立つというわけだ。

「パンがなければケーキを食べればいいじゃないの」でおなじみルイ王朝や戦費を削って自分の誕生日祝いに使ってしまった西太后タイプが君臨してたら、あるいは共産党の一党独裁、悪い筈の皇帝制より酷い権力集中で二千万も三千万も自国民を殺してしまった毛沢東、スターリン、北朝鮮のような人治主義ならさっさと御破算にして、民主主義でも法治主義でも取り入れるべきだろう。
「民主化要求運動」が起こってるような地域も同様。三権分立もお手本になるだろう。

けれど、我が日本。
北朝鮮でもなければ、宗教支配とも無縁。
民主主義なんてやってみたところとっくに破綻してしまった、三権分立なんて有難くもなんともない、「三権癒着」がその実態、という有様。

大体、民主主義も三権分立もその発案者が日本のことなんか知りもしないんだから、合うわけないし、前提が違うというか、次元、土俵が別。

土壌、環境に合わせた、自分の国は自分で仕切る、ゼロから発想するのが当たり前。受け売りで誤魔化そうというのが元より間違い。

ではどうするか。
「三権癒着」を糺す、「監査権」を確立し、児童虐待やイジメやら校内暴力やら、シャブ中、アル中やら依存症やら警察が民事不介入で手を出せない最も納税者が困ってる問題を解決する「民事介入権」「民事問題吸収解決権」を作って、四権制、五権制にするべきだ。

いわばモンテスキューの「三権分立」自体を「既成一権」と見なければ、いつまでも現行憲法下の諸矛盾は野ばなしのまま。

長年、洗脳されてる人は「三権分立」が諺であるかのように思ってる、絶対不可侵だと捉えてるだろうけれど、ロックという人は「二権分立」を唱えていたし、たまたま三権分立がフランス革命とアメリカ独立に際して採用されたため、その後、世界の先進国に蔓延した、というのが実態。「マルクス」で革命したソ連もあれば、その他、共産主義国も続き、宗教でやってる国もある。

いずれにしても外国の受け売り、民主主義、共産主義、宗教支配は日本には合わない、前提がない。