悪く云はれるのが結構ぞ。 何と云はれてもびくつくやうな仕組してないぞ。

天晴れ、 三千世界のふじ晴れの仕組、 天晴れぞ。


悪で行けるなら悪でもよいが、悪は影であるから


悪では続かんから早う善に帰れと申すのぞ。


善でつづくか悪でつづくか、この世に善と悪とがあって、どちらで立って行くか、

末代つづくか、得心ゆくまで致させてあったが、もう悪ではつづかんことが、

悪神にも判って来るのであるから、今しばらくのゴタゴタであるぞ。

ものの調和が判れば、正しき霊覚が生れるぞ。

神の姿がうつって来るぞ。

悪も神の御働きと申すもの、悪にくむこと、悪ぢゃ。

善にくむより尚悪い。 何故に判らんのか。



岡本天明 著   「新版ひふみ神示」より  コスモ・テン




お金がない。

仕事しても、差し引きするとマイナス。

良かれと思ってやってきたことが全部裏目に出る。

疲れもたまって、だんだん力が弱くなり

気力もなくなりかけて、思考能力もマヒしてきた。


ここまでくると、人間はワラにもすがる思いで頼ってくるのだろう。


知り合いのご主人がヒーリングなるものを

受けてみたいと言い出したのは

つい最近で、それまではご夫婦共に

そういったたぐいの、さだかではない事には

まったく縁のない世界だったらしい。


直接のヒーリングを受けて

まずは、胃の具合の悪さを指摘された。


ご主人はそれまでの数日を、下し気味の身体で仕事をしていて

そのことには話しの中では伝えてもいないことだったので

大変びっくりされたとのこと。


その後、体調はじょじょに良くなり下痢も納まった。

おまけに、十数年らいの気になってしかたなかった

左手ゆびのイボがいつの間にか取れていたと言うのだ。

気持ちも前向きになり、少しづつではあるが、

光も見えてきたような気がするとの事。


一週間前までは、今にも倒れてしまいそうなご夫婦だった。

目先にとらわれ、うまい話しにだまされて、どうしていいかも分からない時

たまたま人づてに話しに聞いていたヒーリングを受けた。


身体はもとより「気持ちに変化が起こる」ということが、一番の効果だろう。

誰でもが受ければいいとも思わないが、その人が求めた時には

必要に応じて体現できるのではないかと思える。






調和乱すが悪ぞ。人間のみならず、総て偏してならん。

霊に偏してもならん。霊も五、体も五と申してあろう。

ぢゃが主は霊であり体は従ぞ。 神は主であり

人間は従であるぞ五と五と同じであると申してあろう。

差別則平等と申してあろう。取り違い禁物。


口先ばかりでよいことを申すと悪くなるのぢゃ。

心と行が伴はねばならん。判りきったこの道理が行はれないのは、

そなたをとり巻く霊の世界に幽界の力が強いからぢゃ。

そなたの心の大半を幽界的なもので占めてゐるからぞ。

そなたのもつ悪いくせを治して下されよ。

そのくせ治すことが御神業ぞ。これに気がつかねば落第ぞ。


悪いこと通して善くなる仕組、よく心得よ。

罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方、

神のやり方はその罪をも憎まず。



岡本天明 著   「新版ひふみ神示」  コスモ・テンより



市場の事務仕事は雨、あられのように降ってくる言葉と数字を

殴り書きのように、聞いては書きとめる作業の繰り返し。

そんな最中に、電話を取り次いだり、注文を聞いたり、札を書いたり

というのが、いつの間にか私の担当になってしまって5年。


私より10歳年上のベテラン新人が入ってきてからは

初めの伝達が足りなかったのか・・・手の空いてる方が

交互に取り合いして、うまく回っていた

先ほどの雑用的な仕事はめったに、やってはくれなくなっていた。


ときたま、同じようなミスをおかしても、ベテランさんにはあまり何も言わない。


私だとささいなことでも、みんなして突っ込んでくる。

ベテランさんは、「言い安いからよ」となぐさめてくれる。


先日はあまりにも頭にきて、ムコさんに聞いてみた。


「おねえさんの中にもあるからだよ。」


「・・・・・・」


「だから言われちゃうんだよ。」


「・・・・・・」


「目からうろこ」とはこの事だ。


簡単に、頭では、解りきっていたつもりの「真の意味での良い人間」

とは、私ではなくベテランさんの方だった。


そうです。よく考えたら、口答え、言い訳、突っ込みは

私の得意分野で、皆に言われるより、言ってた方が多かった

かもしれない・・・・・・・・・。



何んな事あっても不足申すでないぞ、不足悪ざぞ。

悪口は悪の白旗ざぞ。悪霊自身は自身を悪と思うてないぞ。

早うめざめよ。悪の道、教にまだ迷うて御座るが、

早うめざめんと間に合はんぞ。


人の心から悪を取り除かねば、神に通じないぞと教へてゐるが、

それは段階の低い教であるぞ。大道でないぞ。

理屈のつくり出した神であるぞ。大神は大歓喜であるから

悪をも抱き参らせてゐるのであるぞ。

抱き参らす人の心に、マコトの不動の天国くるぞ。


抱き参らせば悪は悪ならずと申してあろうが、

今迄の教は今迄の教。

悪を悪と見るのが悪。



岡本天明 著   「新版ひふみ神示」より   コスモ・テン



仕事をしていると、誰もが知らず知らずに、自分本位になっている。

たとえば、時間制限がある納品物をあつかっている場合。

数人で手掛けていると、大抵誰か一人くらいはペースが落ちたり

ちょっとしたミスで遅れてしまう。


そのために、次の人は余分な労働の果てに何とか間に合わせる。

または、時間通りにできたとしても、次の人のミスで

前の人達までもが巻き添えになってきたりと

毎日、人の手による仕事は何かしらはあるもので


日々続くことになると、一人が不満をもらし、二人が文句を言いだし、

皆がそれぞれの言い分を言うはめになる。


自分は悪くないと思っているので、事態はよくならない。

のんきな人、せっかちな人、マイペースの人、担当以外は

一切やろうとしない人など・・それぞれだ。


それでも、何とか一日の仕事は終わる。

じゃぁ、果たして誰が悪いのか・・。

悪い人はいないのだけれど・・・・。

いままでの人生経験の度合いで、仕事に対する

情熱はあきらかに違って見えたりはする。