人間の反省


 めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。

めぐりは自分でつくるのであるぞ、他を恨んではならん。


 この世は幽界同様になっているぞ、早う気付いた人々から

救いの船を出して下されよ。これと信じたらまかせ切れよ。

損もよいぞ、病気もよいぞ、怪我もよいぞ、それによってメグリ取っていただくのぞ、

メグリなくなれば日本晴れぞ、今がその借銭(メグリ)済しぞ。


 そなたのやることはいつも時が外れて御座るぞ。

餅つくには時あるぞと知らしてあろうが、時の神を忘れてはならんぞ。

春には春のこと、夏には夏のことぢゃ。


 赤児になりて出直せよ、ハラで見、ハラできき、ハラで話せよ、

ハラには間違いないのぢゃ。



 与へられたもの、そのものを喜ぶようにすれば楽にゆけるよう

暮らしむきもたのしたのしで暮らせるようになっているぞ。

与へてあるもの殺すから自分も死の苦しみするのぢゃ。


 そなたはものに不足するとこぼして御座るなれど、ものに不足するのは、

心に足らぬ所があるからぞ。心いたればものいたるぞ。

何ごとも神の申す通り素直になされよ。

素直結構ぢゃなぁ。


 そなたはわれが助かろうとするから助からんのぢゃ。

世界はこの世ばかりではないことを、よく得心して下されよ。

我をすてて素直になされよ。三千年の秋が来ているのであるぞ。



岡本天明 著   「ひふみ新世紀」   コスモ・テンより


二二(富士)は晴れたり、日本晴れ。

嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出てくる。

人の力で何が出来たか、皆神がさしてゐるのざ

カミと神、アカとあか、ヒトと人、ニクと肉

タマと魂のいくさぞ。己の心を見よ。


岡本天明 著  ひふみ神示  コスモ・ビジョン



私達は無意識に訴えている。

言葉を知らなくとも

世界を知らなくとも

心と身体は密接につながっていて


この身体をキャンパスにたとえるなら

美しい、水彩画のような自然は描けなくても

心には常に

みずみずしい景色であふれている。


うまく表現できぬ上に

重ねて、重ねて重ね塗りすれば

それは、真っ黒なただの墨絵になり果てる。

昭和19年6月10日、千葉県成田市台方の「天乃日津久神社」(麻賀多神社境内)前で、

画家・岡本天明の右腕に突如激痛が走った。次の瞬間、手は自ずと動き、

前代未聞の数を主体とした神示を、自動書記によって取り継ぎはじめた。


現代はまさに宇宙時代と呼ぶことができるが、その研究開発は実験検証データの数式と

宇宙から聞こえてくる音を基礎として解明されている。

そしてこの神示も数と音の組合せで構成されているのである。


実は日本語、特に古代の言葉はその音のほとんどを数字に置き換えることが

できるようになっている。この「ひふみ神示」はまさに宇宙空間を飛んできた

ヒカリの波動と言えるであろう。



岡本天明 著   新版・ひふみ神示  コスモ・テンより




根源の元の神であるひつくの神が、岡本天明の手を使って示した神筆は

ほとんどが、ひらがなと数字と○などの記号で書かれてある。


古神道における数多くの秘数的霊学と秘数的言霊学が岡本天明という

一人の人物の中に集約され、それらの霊学的知識が「日月神示」の中に

色濃く投影されていると考えられるのである。

「神は言葉ぞ、言葉とはまことぞ、いぶきぞ、道ぞ、まこととは、まつり合はした息吹ぞ。」



岡田 光興 著    フォトンベルトと日月神示   徳間書店より

  


日本語の美しさは、ひらがな、カタカナがあり、漢字にいたっては読みと意味は多数あり

他国とくらべて、なぜ、こんなに複数の言葉を使うようになったのかと常々不思議な想いでいました。

日本に生まれて、文字を教われる時代に生まれ、日々、話す言葉はなるべくなら

聞く人の耳に優しく、言の葉を使わせていただけることに感謝して今年は

気持ちあらたに過ごしていきたいと思います。