何ごとが起こってもそなたは先づよろこべよ。それが苦しいことでも、
かなしいことでも喜んで迎へよ喜ぶ心は喜び生むぞ。
人に知れんやうに、人のため働けよ、それがマコトの神の神人ぞ。
何ごとが起こってきてもそなたは先づよろこべよ。それが苦しいことでも、
かなしいことでも喜んで迎へよ。喜ぶ心は喜び生むぞ。
よき世となったら、身体も大きくなるぞ。命も長くなるぞ。
正しき喜びを先づ見極めよ。見きわめてひたすらに進めばよいのぢゃ。
六ヶ敷い(むつかしい)理屈申すでないぞ。
喜びの本体はあの世、現はれはこの世、あの世とこの世と合わせて
真実の世となるのぞ、あの世ばかりでも、片輪、この世ばかりでも片輪、
マコト成就せんぞ、あの世とこの世と合せ鏡。神はこの世に足をつけ衣とし、
人はあの世を神として、心として生命しているのぢゃ。
神人と申してあろうがな。この道理よくわきまへよ。
この世にあるものの生命はあの世のもの、
あの世の生命の衣はこの世のもの。くどいようなれど、
このこと肚(はら)の中に、得心なされよ。
これが得心出来ねばどんなによいことをしても、まこと申してもなにもならん。
ウタカタぢゃぞ。時節きたのぢゃから、今迄のように
一方だけではならんぞよ。
岡本天明 著 ひふみ新世紀 コスモ・テン
一緒に暮らしていた次男が出て行くことになり、荷物を片付けながら
「これは置いて行くよ」と、観葉植物の鉢を残して行った。
(えっ・・・・)わたしはどうも植物との相性が悪いらしくうまく育てた試しがない。
タバコを吸っている息子の部屋は大きな窓があるとはいえ
空気のあまりよくないことを話してから、空気清浄機変わりに買ってきて、
水や液体肥料をやり、こまめに面倒をみていた。小さかった葉も育ち
大き目の鉢に移し替えて2年くらい息子の部屋にいた。
名前を見るとサンセべリア(虎の尾)と書いてある。
原産地は熱帯アフリカ
「・・ふ~ん。じゃぁ冬だけ気を付ければいいか」と仕方なしに
セットで置いていかれた霧吹きで水をやったり、肥料をやったりしていた。
そのうち、部屋の模様替えなどしながら寝室も広い(と言っても6畳ですが)
次男の部屋に移ることにした。
そして寝る時に何気なくサンセべリアに挨拶をするようになっていたのです。
そしてある日、又、いままでの花や水のように
(えっ!!!)
サンセベリアさんが、わずかに小刻みに葉っぱを震わせたのです。
(だって、すぐ下は土なのに・・・何で??)と思いながら
自然のものには意識があるって何かで読んだことを
納得している日々なのです。